不定期連載小説、ワイルドアームズ外伝<ロディの章>
『七人目の弟子("アーム"マイスター)』
バックNoその2

その2
カルロは、この村が自分の生まれた故郷とあまり変わらないのを感じ、(元々開けっ広げな性格ゆえに)ごく自然に村に溶け込んでいる様に見えた。

がしかし、閉鎖された社会に住む人々の刺激を求める好奇心という厄介なモノに、カルロは閉口させられていたのも確かだった。時計や農耕機器の修理で、なんのかんのと理由を付けては
やって来て、決まってこう聞くのである。

「なあ、あんたあの爺さんの息子さんかい?へっ、違う!?おやまあ、こりゃてっきりあんたがロディの親父さんだとばかり思っていたよ、ふ〜〜ん」

カルロはもう最近では、頬をヒクつかせながら(おいおい、止めてくれよ。こんな大きな子持ちに見えるッテのか〜)
と内心思いつつも、笑って誤摩化す事にしている。なぜなら、そう聞かれる度にロディがうれしそうにニコニコするので、即座に否定するのもどうか?と思われたし、どう否定しても、望んでいる答え(それよりもっと面白い答え)が得られるまでか、村人がカルロにこの質問をするのに飽きるまでは、この状態が続くのだろうと思われた。からである。

村人がそう勘違いをする程に、ロディはカルロに崇拝にも似た気持ちを持ち始めているらしかった。それは、ロディがカルロの癖を(立ち上がった時に尻の辺りをパンパンと払う、考え事をする時に小鼻を掻くなど)真似し出した事からもわかる。

カルロは困惑した。そんなロディを弟の様に可愛いと思うものの、いつかは(それも
そんなに遠くはない)訪れるであろう別れの時を意識したのである。

「なあ、爺さん。おれはもしかすると、余計な事をしたんじゃないか?」

「何がじゃね?」

「ロディの事さ…。俺はいつまでもアイツの側に居てやれる訳でもない癖に、変に期待を抱かせちまったンじゃないかって、心配なんだ」

「ふむ、確かにな。あの子はお前さんに、兄や父親という男の肉親に対する尊敬や愛情を感じている様だ。それは、あの子にとって必要なものだった。今ではそう思っておる。儂はお前さんに感謝しているよ。しかしな、本当の肉親だとていつまでも側にいられる訳ではない。わかるじゃろう?あの子なら大丈夫、別れの辛さや寂しさをきっと乗り越えていける。そう信じておる。…しばらくは悲しむだろうがな。それもそうだが、お前さんの待ち人は今日も来なかった様だの」

「ああ、……。一体どうしちまったのか?連絡の一つも入らないなんて…」

元々カルロがこの村へ来たのは、誰かと待ち合わせをしていた為らしい。


だがしかし、平和なこの村にも着実に魔の手は忍び寄っていた。予兆は確かにあった。いつもの様になされる村人のうわさ話にも、近頃ではちらほらとモンスターの話が加わり出したのだ。その姿をハッキリと見た者はまだいないが、それが反って村に静かなる恐慌を引き起こしつつあった。災厄が通り過ぎるのを息を潜めて待つ様に、人々は生活範囲を狭めていった。
『まさか、こんな村にまで…』
とその時カルロは苦々しい思いを噛み潰した。

だがやはりそんな中でも、子供達の姿が戸外から消える事はなかった。子供の世界は大人のそれとは違い、独自の世界を形成しているためである。大人の心配をどこ吹く風とばかりに遊び回るのだった。
…が、その話が出てから間もなくの事

「おおい、大変だ。誰か〜」
と戸外が騒がしい。
「モンスターだ。モンスターが出た。奴は森へ向かったぞ」
カルロは慌てた。
ロディと村の子供達がそこでいつもの様に遊んでいたはずだからである。
「いかん、ロディが…」
とゼペットも慌てるのを尻目にカルロは取るものも取り敢えず、押っ取り刀で駆け付けていた。

「畜生、何だってンだ!」
走りながら、カルロにはあの日の出来事が走馬灯の様に甦っていた。
……
『兄ちゃん、兄ちゃん。まだ仕事終わらないの?』
と一番末の弟が農作業に勤しむカルロの元へやって来て言った。
『何だ?全く…。まだまだだ。良い子だからあっちへ行って他の兄ちゃん達と遊んで来な』
仕様が無いな、と苦笑しながらカルロは言った。
すると、
『皆俺を置いてどっか行っちゃったんだよう。一人でつまんないよ』
と寂しそうに泣きそうになりながらカルロに訴えた。
この歳の離れた弟をカルロは非常に可愛がっていたし、弟もカルロに
懐いていてよく後を付いて行ったのだった。
『しょうがねえな、もう少しで一休みにするから、先に家に帰ってな。一人で行けるだろう。気を付けるんだぞ』
『うんっ!』
と元気良く答え、弟はうれしそうに駆け出した
それがカルロが弟を見た最後の姿だった。
……
いつしかカルロはロディとその時の弟の姿とを重ね合わせていた。
「おおい、どこだ?ロディ、どこにいるんだ?…畜生、無事なんだろうな」
駆け回るカルロの耳に微かに悲鳴が聞こえた。

「あっちか!」
カルロが駆け付けると、子供達は樹の上に登って避難していたが、
下ではモンスターが待ち構えていた。そして、それを前に一人の村人がおろおろしていた。
が、カルロの姿を見ると縋り付く様に駆け寄った。

「おい、あんた立派な武器を持っているじゃないか。頼む、お願いだ。家の坊主を、坊主を助けてくれ」
カルロは、はっとして自分の持っているものを見た。カルロはアームと工具箱をしっかりと掴んでいた。
「くそっ! こいつはアームなんだ。俺には…使えねえ!! 」
「あんた、何を言ってるんだ?早くそれを使ってくれ、早く! 」
とほとんど叫ばんばかりに言われたカルロは、いまいましそうにアームを遠くへ放り出した。
「畜生っ! これでも何も無いよかマシだぜ」
と道具箱から工具を取り出した。
そして、
「くらえっ! 」
と向かって行ったが、散々に殴り付けているにも関わらずモンスターはびくともしなかった。それ所か、腕の一振りでカルロの身体は地面に投げ付けられた。
「ぐわっ!」
と言う絶叫と共にカルロは動かなくなった。意識が遠退きながらも、カルロはロディが一直線に走って行くのを見た。
「そうだ、逃…げろ。ロディ…」
だが、ロディは逃げたのでは無かった。爆発音にカルロは正気に戻った。モンスターの身体は粉々に跡形も無く吹っ飛んでいた。そして…カルロは泣き出しそうな顔でしっかりとアームを抱えるロディの姿を見た。
「馬鹿、何で逃げないんだ! そんなもの放っといて逃げりゃいいんだ。
ロディ? おい、まさか…まさかこれをお前がやったってのか!?お前は…ロディお前、アーム使いなのか?」


しかし、これで小さなロディと老人のゼペットが、何ゆえ苛酷な旅暮らしに身を置いていたのか、がカルロにも良く判った。幼いロディには自分の能力を良く理解出来無いに違いない。自分の力がどんな影響を及ぼすかを考えずに、その力を使ってしまったりしたら・・・
恐らくはその結末故の旅暮しなのだろう。
アーム使いは人々に半魔族の様な扱われ方をされる事が、多いのだ。その能力も長ずるに従い強くなる者もいれば、最初からずっと強力なままな者もいる。(後者の場合だと、人間性の成熟度とは比例していないのでとても厄介な場合がある)

ロディはこれまで自分の能力を意識した事はなかったのだろう。あの"ロディを決してアームに近付けさせまい"とするゼペットの態度を見れば、用心してロディを守って来たのがわかる。そして、それは今のこのロディの呆然自失の様子からしても明白である。

「ロディ・・・」
とカルロが声を掛けると、ロディは"くしゃり"と半べそをかいた様な表情となり、カルロに抱きついた。

「大丈夫、大丈夫だ。ロディ、良くやったな。偉いぞ。お前は、俺を、皆を助けたんだから。ありがとうな」
と乱暴な程に頭を撫で回すと、ロディは顔を上げそれまで見せた事が無い程うれしそうな、明るい笑顔になった。
だが、

「ロディ!! 」
と、咎める声の方向を見ると息切れ喘ぐゼペットの姿がそこにあった。

「じいさん、大丈夫なのか?そんなに…」
カルロが話し掛けるのも構わずに、ゼペットは一直線にロディの元へ来るや否や・・・
"パチン"と音を立てロディの頬を打った。

「お前は…、お前は、儂の言い付けが聞けないのか! あれ程アームに触れてはイカンと言ったはずではないか!! 」
あの時以上の怒りとも哀しみとも付かぬ、普段の優しい祖父の顔とは思えぬ表情にショックを受け、ロディは口もきけずに駆け出した。

「じいさん! ありゃあ、あんまりだぜ。もっと他に言い様があるだろうが!あの子はいつだって、あんなに一生懸命じゃないか。もう少し…、もう少しあの子を信用してやっても良いんじゃないのか?そりゃ、俺にはアーム使いを身内に持つ者の苦労は判らんさ。だがな、この事で傷付くのは他でもないロディなんじゃないのか?」
とカルロは思わずゼペットを責めた。

するとゼペットは一瞬胸を突かれた様な顔になったが、また固い表情に戻り苦々し気に首を振った。
「お前さんには・・・関係無い事だ。これは、儂とロディの問題だ! 」
と吐き出す様に言った。

カルロはカッと頭に血が昇り
「それは、・・・ないんじゃないのか。俺は・・・。判ったよ!ああ、そうかい。それなら、こっちも好きにさせてもらうさ」
と啖呵を切ってロディの後を追うべく走り出した。

「わかっておるよ・・・。ロディ、すまん」
と後に残されたゼペットは二人の消えた方向を見ながら、そう呟いた。

・・・
「ロディ…」
と声を掛けると、ロディは右腕の甲で涙を拭う様に顔をごしごしと擦ると、カルロに振り向いた。

「ロディ、気にする事はないさ。おじいちゃんはお前の事が心配なだけなんだ。わかるな?」
と優しく慰める様にカルロは言った。

だが、ロディの瞳には大粒の涙の雫が溢れて零れ落ちた。そんな様子を見て、カルロはためらいがちに言った。

「なあ、ロディ…。お前、俺と来ないか?お前ならきっと、誰にも負けないアーム使いになれる。俺も、もっともっと腕を磨いて一流のアームマイスターになってみせる。俺達は、良いコンビになれると思わないか?俺はお前の事を気に入っているし、お前だって俺の事嫌いじゃないよな?なら、少し真剣に考えちゃくれないか?な、俺と一緒に行こう。つっても、じいさんの事もあるし、急にここで決めるわけにも行かねえよな。俺は近々ここを立たなきゃならない。それまでよっく考えておいてくれ…」

優しく強い憧れの存在であるカルロが自分を必要といているのを知り、ロディの心は揺れ動いた。

何度もカルロの言葉を胸で反芻してみる。新しい世界と可能性がロディの前に開かれたのだ。

この事があってから、ロディは確かに目に見えて変化していた。おどおどした態度は多少残るものの、ゼペットの他にも頼りにできる人に初めて会い必要とされる事で、己の外の世界に
向けての準備が出来つつある様だった。

そして、実際ロディには今までとは世界も違って見えた。すべてが全く違った意味を持って感じられるのだ。

人が生き生きと働くのも、自分の為だけは無い。自分の様に大切な誰かが居て、その人に為に何かをしてあげたいと思い、反対にその誰かも何かをしてくれる。そうやって、人は生きている。というのに気付いたのだ。
そう考えると、ロディはうれしくてたまらなくなる。

空に向かって、自分は、そして人間はみんな独りぼっちじゃないんだ、と叫びたくなる。(そうは思っただけで、しなかったが…)
胸一杯に空気を吸い込んで、笑ってみる。
すると、
「おい、小僧!」
と声を掛けられた。

ロディは急に声を掛けられびっくりするやら、自分の行為がこの男の皮肉な目にひどく馬鹿げて映ったに違いないと思って恥ずかしくなり、返事も出来ずに居た。しかし、男は構わずに続けた。
「この村にカルロという男はいないか?」

ロディは再びびっくりして、よくよく男の様子を見た。すると、ロディの目にまっ先に男の腰で鈍く光る"アーム"が飛び込んで来た。ロディは不吉なモノを感じた。男の発する雰囲気はカルロとは似ても似つかぬ、むしろ逆なのである。そんな男とカルロはどう言う知り合いなのだろう?

男はロディの返答を待っていたが、ロディが心の中で目まぐるしく葛藤しているのを知る由も無く、青い顔をして突っ立ったままのロディを見てイライラした様に
「小僧、口がきけんのか?…もういい。カルロめ、もしここに居てみろ、ただじゃおかんぞ。覚悟しろ!」
と男は後の方をブツブツとつぶやく様に言い、無意識に腰の獲物に手を当て探ると去って行った。それを見ていたロディは衝撃を受けた。

『もしかすると、あいつは殺し屋なのかも知れない!!』
なぜか直感でそう思い、男がカルロに会う前にその来訪を告げようと家へと向かってロディは一目散に駆け出した。


「おいおい、ロディ何なんだよ?そんなに引っ張ったら俺の腕が抜けっちまうぞ。実はな…俺の身体は分解出来るンだぜ。アームが分解出来る様にな」
ロディはカルロのこの言葉を聞くと、慌てて手を放した。

「悪いヤツめ。相変らずガキをからかって喜んでいるとはな! 呆れた男だ」
急に低い声が響いたので、二人はギョッとして戸口を振り返った。

ロディの"カルロを男に引き合わせない為に連れ出す作戦"は間に合わず、とうとう男がカルロを訪ねて来てしまったのだ。ロディの顔は不安に曇ったが、カルロは険しい顔になり
「何だと、性悪の貴様に言われる筋合いはねえっ! 」
と言うと、この闖入者を激しく睨んだ。

男は冷ややかな眼差しでカルロとロディを見比べて言った。
「は〜ん、成る程な。またぞろ悪い癖が出たか」
と言うと、ふいにニヤニヤし出した。

「ふ、ふふ」

「ふふふ」

「あーっはっはっは!」

「はっはっは!」
二人の男は笑い出すと、近寄りお互いを小突きだした。

「てめえ、遅えじゃねえかよ! 」

「何だと!?、そりゃこっちのセリフだぜ!! 」

「あ?、どう言う事だ?」

腑に落ちない顔のカルロに向かって男は言った。
「待ち合わせは、バーチ・ヴィレッジのハズだがな?」

「????バーチ?えっ?えっ?」
咄嗟には何事か判らなかったらしいカルロも次第に事態が
飲み込めたらしかった。

「そう、お前さんのいるここはバージ・ヴィレッジだよな!俺がこんな辺鄙な所を待ち合わせ場所に選ぶと思うとは・・・一体何年俺の専属をしてるんだよ。ほとほと情けないヤツだぜ! 」

「悪かったな! 」
少しも済まながる口調ではなくカルロは言った。

「どうだ? 頼みのモノは手に入ったのか?」

「バッチリだとも!! 早速慣らしをやるんだろう?」
とカルロは片目を瞑ってみせた。

すると男はやれやれと苦笑し、
「愚問! 」
と言った。

二人はロディには理解出来ない会話を交わし、それがロディに微かな不安を感じさせ、カルロがロディから遠ざかる様に思われ、一抹の寂しさとない交ぜになった気分にさせるのだった。

そして二人が何事か話し合いながら戸外へと姿を消すと、途端にロディの瞳は見捨てられ庇護者を求める子犬の様に陰りを帯びた。カルロの言っていた別れの時が現実に忍び寄っているのを、ひしひしと感じ、ロディの心は乱れていた。勿論ゼペットから離れるつもりは無かったが、カルロを慕う気持ちも嘘では無かった。そして、カルロに付いて行けば、全く未知の世界を体験出来る事も自分を受け入れてくれる場所が存在しているかも知れない、と思いそれを
探す事もロディには抗い難い魅力を感じるのだった。

・・・
「おい、こりゃ何だ! 」
と男は言った。
「まさか、そんな! 」
とカルロも絶句した。

今調整を終えて、男がアームの試し撃ちをしたのだったが・・・
「使い物にならねえ! おい、真面目にやってるのか?それとも腕が落ちちまったのかい?」
と男の口が皮肉に歪んだ。
「冗談! 何を馬鹿な事を。まさか・・・あんたに扱えないってのか?こいつはまだそんなに威力を保ってるのか? しかし、これ以上は無理だ。俺の手にゃ負えねえ。負担が掛り過ぎてアームのバランスが崩れる所か、それこそあんたの言い草じゃないが使い物にならなくなっちまう」

「泣き言か?言い訳なんざみっともないぜ」
と男は切って捨てる様に冷たく言い放つ。
「誰が!! そっちこそ腕がなまくらになったんだろう?だってこいつは確かに…。! ! 」
とカルロはムキになり言いかけたが・・・。
「どうした? なぜ途中で止める?」

「いや、何でもない」

「いいや、何でもなくはないさ。その口振りだと、俺の他にアーム使いがいて、先に試し撃ちをしたみたいだな。どこだ?そいつはどこにいる?誰なんだ?」

「俺は・・・・そんな事は一言も言っちゃいないぜ」

「いいや、お前は確かに今そう言おうとしていたのさ」
と男はにやりと笑った。


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