不定期連載小説、ワイルドアームズ外伝<ロディの章>
『七人目の弟子("アーム"マイスター)』
その1


その1
ロディとゼペットがその村に住み着いたのは、ロディが10才の時だった。
冬になる前には、さすがに子供と老人の放浪の旅はここいらで一時中断しなければならなかったからだ。そしてそれは、この頃からゼペットが自分の体力に自信が持てなくなっていたという理由にもよる。幸いその村には空家があり、ゼペットも機械修理の腕を買われて少しは仕事もありそうだった。

「ロディ、遊んでおいで」
とゼペットは言ったが、ロディはまだ村の子供達に馴染めずにいた。自分に父母がいない事、ずっと旅暮しである事、そして自分が他の子供達と少し違うらしい事で敬遠されているのだ、と言う事がロディには最近ようやく判って来たのだ。
理由がハッキリすると余計にそれが意識されてしまい、ロディは生来の内気さも手伝ってか、子供特有の活発に動き回る生彩さに欠けていた。

そうなるとゼペットは増々ロディが不憫である気がして、溺愛の度を深めてゆくのだった。

そして、だいぶ秋から冬に近付いたある日の事。ロディとゼペットは冬仕度の為に薪を取りに森へ行った。しかし、その帰り道にゼペットはちょっとしたはずみで足がもつれて転んでしまい、そのまま立ち上がる事が出来なくなった。と言うより具合が悪いので足元がフラついて倒れたと言うべきか。

ロディはまだ幼く、助けを呼びに行かなければとは思うのだけれど、ゼペットの事が心配で側を離れられずオロオロするばかりでしまいには泣きじゃくり、反対にゼペットになだめられる始末だった。

だが、そこへ運良く1人の若い男が通り掛かった。
「よお、坊主。どうした?ん、けが人か?」
と男はまずロディに気付いて声を掛け、ゼペットの様子を見ると、
「どれじいさん見せてみな。うーん、大した事は無いが、じいさん年だしな。そら坊主、そっち側を持ちな。じいさん急に動かん方がいいぜ。俺が家まで送ってってやるよ」
と気軽にゼペット達の力になってくれたのだった。
「すみませんな。ロディもう大丈夫じゃからな…」
とゼペットは優しく涙に濡れたロディの頭を撫でた。

こうして若い男はゼペットを家まで運び入れ、ロディに医者を呼びに行かせたりと、細々と面倒を見てくれたのだった。

「本当になんと御礼を言っていいものやら…」
とゼペットが言うと、
「なあに、困ってる老人と子供を見捨てる程、俺が薄情じゃ無かったって事だぜ。礼を言われる程でもないさ。気にせずに、少し休んだ方が良い。それから、この近くに宿屋はあるかい?」
と男はこともなげに言った。

「宿屋?失礼だがもしよろしかったら、ここにお泊まり下さらんか」
とゼペットが言ったが、慌ててこう付け加えるのを忘れなかった。
「もっとも怪我をした老人と子供だけでは、大した御礼も出来そうに無いが」
男はふっと表情をゆるめ、
「もちろん、反って迷惑でなければ喜んで」
と言った。
(本当は2人だけでこの状況は心配なのだろう、と男は思ったが口に出さないだけの賢明さが彼にはあった)

しかし、ゼペットはそれも承知の上で有り難そうに言った。
「全く済みませんな。見ず知らずの方にこんな御迷惑を掛けてしまって…わしはゼペット。そこにいるのは孫のロディです」

「俺の名はカルロ。職業は流れ職人ってとこかな。ま、後は俺とロディにまかせてじいさんは少し休みなよ」

とカルロが言うと安心したのかゼペットはすぐに眠りに就いた。そしてロディはカルロをもてなす為にも食事の準備にかかった様である。

カルロはしばらくその様子を見ていたが、やにわにナップサックから革に包まれた何か、を取り出した。そして次に持ち手の付いた木箱を取り出した。
木箱を開けると、工具が入っていた。
ロディはゼペットの工具を見慣れていたが、カルロの持つ道具がそれとは一風変わった物であるのに気付き、じっとカルロのする事を見つめていた。

「ふふ、坊主、これが何だか判るか?」
と言いつつカルロがくるんである革を除けると、中から鈍い光を放つ銃の様な武器が現れた。
ロディは恐る恐る近付きそれを見た。ずっしりと見た目にも重量感のあるそれは、荒々しく強く、かたくなでロディはすっかり魅了されてしまった。

「こいつは"アーム"、と言うんだ。聞いた事位あるだろう?」
カルロの言葉も耳に入らないかの様に見つめ続けるロディは、"アーム"からずっと目が離せないでいた。

「ちょっと触ってみるかい?」
とカルロが苦笑混じりに言い、磨いていた"アーム"を差し出すと、ロディはパッと顔を輝かせた。そして"アーム"に手を伸ばしたが、その途端、

「いかん!! 」
とゼペットの声が飛んで来た。2人は一斉に振り向いた。怒りとも恐れとも付かぬ形相のゼペットの姿に、ロディはすくみ上がった。温和とも言えるゼペットの、そんな様子は初めてだったのだ。

「じいさん、どうしたんだ?子供が怖がっているじゃないか?」
訳が判らないと言う風に、カルロが驚いて言うと
「い、いや儂はロディがそそうをしでかさないか心配しただけだ」
と取って付けた様にゼペットは言った。

「何だ、それなら大丈夫だ。この坊主ならこれを壊しゃしないさ。なあ、坊主。それとも、何かこの坊主を"アーム"に近付けたく無い理由でもあるのかい?」
とカルロは何気なく言ったのだが、
それに対してゼペットがうろたえた様に
「そ、そんなものある訳が無い。儂は、儂はただそんな物騒な物に、孫を近付けたく無いだけだ」
と不自然な程にきっぱりと言うのを少し変に思った。
しかし
「ふん、安心しなよ。これはそんじょそこらのやたらな奴にゃ動かせない代物だから。俺にしたっておもちゃをいじくるのと大して変わりはねえんだ。だが、そんなに言うなら、…残念だったな、坊主。今度おじいちゃんの機嫌の良い時に聞いてみるんだな」
と言っただけだった。
そしてカルロは"アーム"を幾重にも布で巻き、また革にくるんで丁重に仕舞った。ロディは見るからにがっかりした様子だったが、ゼペットに口答えしたりする様子はなかった。



あれから数日たったが、カルロはまだロディ達の元に留まっている。その間、普通の男手の必要な部分は彼が軽々とやってのけたり(いくら並外れた力持ちのロディでも、まだ小さいので何事も要領が悪かった)ゼペットの機械修理の依頼で簡単なものは彼がしてくれた(ゼペットもそろそろと痛む身体を動かし始めたものの、まだ本調子からはほど遠かった)のでずいぶんな助けにはなった。

しかし、彼は時折あの仕事道具の入った袋を担いでどこかへふらりと出て行くのだった。
そんな時ロディはあのアームや変わった道具を思い出してなんとなく落ち着かない気分になるのだった。

「誰だっ!!」
森の大きな樹の下で一心にアームの作業をしていたカルロは、かすかな物音に気付き声を荒げた。振り返ったカルロは、びくびくしているロディに気付いて驚いた。
「何だ、坊主か。いいからこっちへ来いよ。別に怒った訳じゃない。……ただな、アームを改造するのは結構危険なんだ。未知の技術が使われているからさ。だから、時には暴走して『ドカンッ!!』…と爆発する事もあるんだぜ」
カルロは再び"びくっ"と身を震わせたロディを見てニヤニヤ笑った。

「でも、まあ、俺はまだそんなに大きな暴発事故はやらかした事がないから、安心しろよ。この顔の傷。こいつ位なもんさ。この絆創膏の下、な…。見たいか?」
ロディはカルロの頬に貼られた大きな絆創膏をじっと見た。
「うーん、やっぱり見ない方がいいかもな。なにしろ、この下はものすごい事になってるんだ。やっちまってからもう、だいぶ経つのにまだ、傷がぐちょぐちょしてて、ぱっくりザクロみたいに割れてて、肉が見えて…、気持ち悪いだろう。でも、そこまで見たいんならお前には特別に」
と言いつつ、びっくりして声も出ないロディの腕を取り、ロディの指を操ってカルロは自分の絆創膏の端を少しめくった。
「ほら、まだ痛いんだから一気に剥がすんだぜ。そら!
と言いつつカルロはロディにの腕を引き勢い良く絆創膏を剥がさせた。

「な〜〜んちゃってな、驚いたか?な〜んて顔してんだよ、冗談だよ、冗談!びっくりしたか? はっはっは」
と、どこにも傷などない頬をなでカルロは笑った。
しかし、ロディはそんなカルロと対照的にしょんぼりとした様子で立ち尽くしている。カルロは立ち上がり、人差し指で小鼻のあたりを掻いてちょっと考えたがいきなりしゃがみ込んだ。

ロディは身体が地面からふわりと浮き、自分が空にとても近くなった様な感覚に捕らわれた。
「どうだ、俺の肩車、高いだろう? だから機嫌直せよ。なっ」
とカルロは言ってぐるりとまわり、ロディを乗せたままその辺を走り回った。もちろんロディは喜び、珍しくおおはしゃぎをし、それからはカルロの後を付いて歩く様になった。

そんなロディをカルロは(初めて見たものにくっついて歩くひよこみたいだな)と思いつつ、ふと気付いてロディに聞いてみた。
「おい坊主、お前は皆と遊ばないのか?」
ロディはいやいやをする様に首を振った。
「何だ?皆とケンカでもしたのか?しょうがねえな、来な」
とカルロはロディを村の子供達の元へ引っ張って行った。

「おい、お前達、仲間はずれは良くないぞ。どうしてロディを仲間に入れてやらないんだ?」
すると
「だって、そいつよそもんだし」
「何にも知らねえんだぜ」
と口々に子供達が答えた。
「あのなあ…。お前達だって、ず〜〜っとこの村から一歩も出ないでいりゃいいが、もしもよその村に行く事になってみろ。その時には自分が冷たくされるんだぞ。何故だかわかるか?人はな、人にした事と同じ事をされるからなんだ。ロディにいじわるしたら、今度は自分がいじわるされるんだ。それでもいいか?」
「そりゃ、…よくねえよ」
「俺もやだ」
「じゃあ、もういじわるは止めるんだな。ほら、ロディ。皆と一緒に遊んで来い。よし、じゃあ皆。特別に今日はこの"お兄さん"が鬼になってやるぞ。みんな捕まえるからな〜。5数えるぞ。そら逃げろっ!!1、2、3、…」
子供達はわらわらと蜘蛛の子を散らす様に駆け出して行った。こうしてカルロは村の子供達を相手に(元々子供好きなのか?)鬼ごっこやかくれんぼをしたり、木の枝でパチンコを作ったりして散々遊んだのだった。

その夜、スープに顔を突っ込みそうなロディの様子(疲れて半分眠っている状態)を見て、カルロはくっくっ、と笑った。(やっぱり"ガキ"ってえのは、こうでなくっちゃあな)


ロディを寝かし付けて戻って来たゼペットにカルロは言った。
「今日は坊主、たくさん遊んだからな。ちょっと疲れたんだろう。何のかんの言ってもまだまだ子供だな」

「ロディはすっかりお前さんに、なついてしまった様じゃな。感謝しとるよ。とにかく、あの子は極端に人見知りをするのでわしは心配なのだ」
という本当に心配でたまらない様子のゼペットを見てカルロは
「年寄りッ子はそんなもんだって言うぜ。何もロディが特別な訳じゃないさ。第一聞けばあんたら、ずっと旅暮しだったそうじゃないか?それなら、尚更ああいう性格になっても不思議はない。俺は人の生活に首を突っ込むのはどうかと思うが…、小さい子にそういう暮らしを強いるのは少し酷なんじゃないかね?」
と多少非難めいた口調で言った。

「わかっとる…。こんな生活が続かん事くらいは、わしにだってわかっているさ。しかし…まだだめだ。もうしばらくは、あの子にもう少し分別が付くまでは…、どうにも仕方のない事なんじゃよ」

「??…、色々と訳ありみたいだな。俺には良く判らんが…」
とカルロは不審に思いつつも、やはり立ち入った事には踏み込まなかった。

そして、気分を変える様にゼペットはカルロに尋ねた。
「そういうお前さんも前に流れの職人だと言ったが、どうやらアームマイスターの様だの?」

「いや、俺はそんなに御大層なものじゃない。まだまだ修行中の見習いさ。それに、正確に言うと俺は同じアームマイスターでも"裏の方"なのさ」

「なんと!?ではお前さんはアームを"殺す方"なのかね?」

「ああ、そうさ。俺はアーム使いのレベルに合わせてアームの性能を落として特別仕様に仕立て上げる。普通のアームマイスターの逆を行く裏家業。それが俺の仕事だ」
とカルロは自嘲気味に言った。

「ふーーむ、…。なぜ?と聞いたら気を悪くするかね?」

少し考えカルロは言った。
「いいや、…。俺の元々の生業は農夫だった。小さな村で小さな畑で作物を育て、家畜を飼う平凡で退屈、しかし平和な暮らしだった。だが、それが一変しちまった。俺の村にも凶暴なモンスターが出没する様になり、次々と村人が犠牲になった。俺の大事な家族…、小さい弟まで奴の餌食に…。結局村長とも話し合って、俺達は渡り鳥を雇う事にしたんだ。村に2人の男が現れた。その1人はアームを持っていた。強かったぜ。あのモンスターをあっと言う間にぶっ倒しちまったんだからな。俺はその時思ったんだ。…あんなに皆を苦しめたモンスターをこんなに呆気無く倒せるアーム。俺は勿論アーム使いにゃなれねえが、もしかしたらもう1人の男、そう、アームマイスターの端くれ位ならなれるかも知れねえ…ってね。俺は、格好付ける訳じゃないが、アームの役に立ちたいんだ。いや、アームを必要としている人達の役に立ちたいんだ。そして、一匹でもこの地上からモンスターを抹殺して、俺の様に悲しむ人を1人でも減らしたい。本気でそう思っているのさ。で、俺はその場でその人の追っ掛け弟子になったのさ。何度も土下座してようやく弟子になったんだが、そのうちに疑問を感じる様になった。アームマイスターの仕事ってのは、特定のアーム使いのためだけに存在しているわけだ。アームをどんどん改造して行くと強くなる代わりに扱える人間が余計に限られて来る。俺は、それは俺の望みとは違うと感じる様になった。そして、そんな時に俺は反対にアームの威力を弱めて、多くの人にアームを使える様に改造する裏マイスターの存在を知ったのさ。これだ、って思ったね、要するにそれが俺のやりたい仕事だったって訳だ。そして、今日に至っている」

「なるほどな…」
静かに話を聞いていたゼペットは優し気な目で、カルロを見た。
「じゃが、お前さん。そんなに自分を卑下する事はない。元々を正せば、アームマイスターはアームの性能を調整する事なのだから、本当は裏も表もないんじゃよ」

「そうなのか?」

「ああ、儂の若い頃はそうだった様だ。第一考えてもおかしな話ではないかね。どちらにも改造できんようでは、アームマイスターなどと呼ばれんだろう?裏と呼ばれるのは、むしろその改造の難しさと危険性によってなのだ。…ところで、確かにアームは誰にでも扱える代物ではないが、それがなぜだか、お前さん判るかね?」
とゼペットは唐突に聞いた。
カルロは驚いた様子で、
「いや、それは…考えた事もないな。何故だ…。偶然(たまたま)なんじゃないのか?」
と答えた。

「では、こう考えたらどうかね。もし、誰にでもアームが扱えたら、一体どうなると思う?」

「どうって、そりゃ誰も彼もアームを手に入れようとするに違いない」

「その通り。老いも若きもこぞって誰でもがアームを使うだろう。しかし、アームは普通の武器とは違う。もし、お前さんがアームを扱えたとしよう。お前さんはアームに対して責任が取れるかね?」

「責任?」

「そうだ。その威力に対しての責任だ。並外れた威力の結果を全てにおいて責任を取りきれる自信があるかね?それは取りも直さずアームを持つ資格ともなるんじゃよ。その資格があるかどうか考えた事はあるかね? 」

「う〜〜む」
カルロは腕組みして唸った。
そして口を開いた。
「じゃあ…、じゃあアームを扱えるのはその資格があって責任を取れる奴だけ、だって言うのかい?」
しかし、それに対しゼペットは
「それはな…、実は儂にもよく判らんのだよ」
と微笑んで言った。
「何だい?そりゃあ!?」
と狐にでもつままれた様な顔でカルロは言ったが、ゼペットは
続けて言った。
「アームマイスターなら、どんな改造でも腕の見せ所だ。その魅力に取り憑かれると、思いのままにアームを扱える事が自分の証明でもある、と思う様になる。腕が求めるんじゃよ。次から次へと、アームをもっと改造したい。そしてそれが難しければ難しい程に喜びへと変わるのだ。アームを意のままにする喜び」

「うんうん、それは俺にも判るよ、爺さん」
とカルロは瞳を輝かせながら言った。

「じゃが、儂はある時に気付いた。儂はそれまで、アームと戦っていた。そうして無理矢理アームを改造していたのだ」

「爺さん…、アームマイスターだったのか!?」
とカルロは仰天して聞いた。
ゼペットは慌てた様に、
「いや、それも大昔の事じゃよ。ホントに昔の…」
と言った。
「しかし爺さんアームを無理矢理改造と言ったが、それがアームマイスターの仕事だろう?俺は逆を行ってる訳だが」

「同じ事じゃよ。お前さん、アームの声を聞いた事があるかね?」

「アームの声?」

「そう、アームの声だ。アームはな、人の思いが込められて作られた物なのだ。平和を、未来の夢を願う人の思いがな。アームは確かにそんな人のエネルギーを吸収するのだ。そして、時折それをアームマイスターに聞かせてくれる」

「俺には…、よく理解出来ない。爺さんの言っている意味が…」
と切なそうにカルロは言った。
「そのうちきっと、お前さんにも判る様になるだろう、きっと」
とゼペットはきっぱりと言った。
「爺さん、そんなにアームに詳しいとはさぞや名のあるマイスターだったんじゃないのか?」
とカルロは半分冷やかしの様に言ったが
(この爺さんひょっとして!?いや、まさかな!…)
と思うのだった。
その2へつづく


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