W.A 外伝 セシリアの章 一員(なかま)

-それぞれの道- (完結)

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(その1)
もう慣れっこだった。別離の悲しみなど無かった。
何処にいようと、彼女はただ一つの存在でしかなかったから…

少女達は、朝からうきうき、そわそわ全く落ち着きがなかった。
それもそのはず、ここクラン修道院に、アーデルハイド公国の王女様が編入
して来るのだ。

(どんな子なんだろう?)
(お友達になれるかしら?)
と朝からその話題で持ち切りである。
皆、王族などというものはその存在は知ってはいても、実際に目にする事など
皆無に等しく、絵本や物語の中の人物だとばかり思っていたのだから、少女特有の
興奮状態というのも無理からぬ事ではあった。

そこで様々な提案がなされ、大袈裟な歓迎の準備が進められたのも
当然の成り行きだった。

学習室のドアが開き、少女達はその時が来たのを知り、歓声を上げた。
シスター・マリーが姿を現わし、学習室のけばけばしい飾り付けを見、驚いて言った。

「まあ、皆さん、これは何事? 編入生がいらっしゃったら驚くじゃありませんか?
いいこと…
と、小さな頭をゆっくり見渡しながら彼女は続けた。
あまり特別扱いをしてはいけませんよ。ここにいる限り、皆さんと同じ仲間に
なるのですからね」
と、優しく諭す様に言ったのであるが、当の少女達は聞く耳を持っていなかった。
普段は、生徒達への面倒見もよく、尊敬を一身に集め、この修道院にも長くいる
というだけでは無く、何か不思議な魅力を持ったシスター・マリーの言う事は少女達
には絶対であるかのようであったが、今日ばかりは勝手が違っていた。

それでもようやくの事、生徒達が席に付くとシスターはそっとため息をつき、
あきらめ顔で言った。
「セシリア・アーデルハイド、お入りなさい」

おそるおそる、といった感じでドアがゆっくりと開き、お待ちかねの本人が#とうとう姿を現わしたのだった。

(あれが ! …)
(あれが ! …)
ずっと後にみなが述べているが、第一声を発する事が出来たなら、
(私語は慎む規則 ! )きっとこう言っていたそうである。

…#証言1:「確かに彼女は普通と違ってました。どこが?ってうまく言えないんだけど、
顔立もまあまあ整っているし、静かで、気品?っていうのかしら?そんなものを
感じさせました。でも…」

証言2:「ナンカ、違ってたのよね。想像してたのと。そりゃ王族って言っても、
普通の人間と変らないんだって、知ってましたけど、うーん、やっぱりうまく#言えないなあ…」

証言3:「要するに、私は彼女を見て何故あんなに泣きそうな顔をしてるのかしら?
って思ったわけ。もっと、この…堂々と高飛車な人だったらどうしよう?って
そればっかり心配してたんですけど、そんな事なくて、でも、そうだった方が
もっとしっくりするような気がしたんです」

「セシリア・アーデルハイドです」
透き通る様な、だがどこかしら弱々しい響きのある声だった。
それで皆は気を取り直し、弾ける様に一斉に言った。

「ようこそ、アーデルハイドさん、よろしく」

いきなりの事に、転入生はびっくりした顔をした。
そして、困った様な恥ずかしそうな顔になった。
しかし、
「みなさん、ありがとうございます。こちらこそ、よろしく。それから私の事は
セシリアって呼んで下さい。」
と、この時初めて笑顔を見せたのだった。

少女達は密に群がる蟻の様に、セシリアの周りに集まった。
みんなは色んな話を聞きたがった。そう、特にお城の話を。
そこには厳めしい王様と、美しくて優しい王妃様と、皆の敬愛を一身に集める
王女さま、すなわちセシリア本人のおとぎ話の様な生活があるに違いない。
しかし、彼女は困った様に俯き、
「お母様は私が物心付く前に無くなったので、良く覚えていないの。お父様も
お忙しくて…、私ずっと王立学院の寮に入っていたから、皆さんの質問には
どうお答えしていいか、わからないわ…ごめんなさい。」
と言った。
皆、一斉に引いてしまった。
少女達の望む華やかな幻想は、脆くも崩れ去った様である。
考えれば、一国の王女が不憫な生活を強いられているのだから、十分同情出来る
のだが、何分にも幼い少女達の事、そこまで頭が回るはずもなく、ここでセシリア
との間に一歩距離が出来、それは中々縮まりそうにもなかった。

独りぼっちではないが、セシリアは今一つ皆と馴染めずにいた。

そんなある日、好奇心の固まりの様な少女ペレイラが学習室に飛び込んで来た。
「ねえねえ、知ってる!?」

いきなりそう言うと、どの位の注目が集まっているか、と皆を見た。
「最近、寮に出るんですってよ!」
と彼女はもう一度効果を上げようと言葉を切り、間を置いた。
「何が?何がよ!もう勿体ぶらないで教えてよ!! 」
と先をせかすのは、形は小さいが威勢は人一倍のミリーであった。
「知りたい?驚かないでよ…、幽霊よ」

「嘘でしょう?」
「信じられない! 」
と自分の思い通りの反応にペレイラは満足げに瞳を輝かせて言った。

「嘘なもんですか! 上級生のジュリアが夜中トイレに起きて、
見たんだって! 」

ここで再び言葉を切り、皆を支配下に置いたかの様に見回しながら

「白くてぼうっとした人影が、窓の外、中庭をすうーって横切るのを!!」
と一息に言った。
「やだー! 」
「止めて、夜中トイレに行けないわ」
「怖ーい」
少女達の声は興奮にうわずってはいたが、瞳はペレイラ同様きらきらと
輝いていた。#ただ一人、戸惑った様な顔のセシリアを除いては…
単調な生活の中でのこの出来事は、少女達をすっかり虜にしていた。
「それで、あたしそれを突き止めようと思うのよ」
とペレイラは言った。

その2

「ねえ、やっぱり止めた方がよくない?」
小さなミリーが震えながら言った。
「どうしてよ?こんなチャンス滅多に無いわよ」
とペレイラがやり返した。
「チャンスって何の?」
多少おっとりしているサリーが言った。
「だから、冒険の、よ」
じれったそうにペレイラが言う。

「冒険?!」

この言葉を聞いて少女達は目を丸くした。
冒険とは即ち、ジャングルや、閉ざされた氷の世界や
前人未到の地で危険な目に会うものだと思っていたからだ。
少女達は冒険と聞いて急に尻込みしだした。

それを笑うかの様に、
「子供ねえ、冒険はロマンスなのよ!!」
と、最近は英雄の出て来る恋愛小説に目覚めたペレイラは言った。
「女は、危険な事にも立ち向かわなくちゃいけないのよ。そうでないと
素敵な人に出会うチャンスもないのよ。でも、大丈夫ね。私達は
一人きりじゃ無いし、幽霊の事もきっと突き止められるわ」
「でも、今晩はもう出ないみたいだし、」
「戻りましょうよ」
と怖がりのドミニカとサリーが泣きそうになりながら言った。
「しっ、ちょっと待って!あれを見て」

皆は一斉にペレイラの指差す方を見た。
「あれよ、見た?」
ペレイラが興奮して大声で言った。
「良く見えないわ」
狭くて高い窓枠にへばりついて少女達は懸命に目を凝らした。
何か白っぽい物が見えた気がしたが、はっきりしない内に
見えなくなってしまった。
「行くわよ」
皆を促すと、ペレイラはもう走り出していた。
「おかしいな、この辺で……」
辺りは静まり返り、何の痕跡も残ってはいなかった。
「消えたのよ、きっと。そうなんだわ」
サリーが悲痛な声で言った。
「やっぱり、あれは浮かばれない霊魂だったのよ」
と恐ろし気に言ったので、急に少女達は恐怖に伝染した。
そこへ…目も眩まんばかりの光が差す。
「そこにいるのは誰?誰なのですか?」
と叱咤の声が続く。
少女達は動く事ができず立ちすくんだ。
「まあ、あなたたち!?」
息を飲む様にして、その声の主は手に持っていたカンテラを
下ろした。
「シスター・マリ−?!」
少女達の口から安堵の声が漏れた。

「こんな夜中に何をしているの? まあ、いいわ。
いつまでもこんな所にいたら風邪を引きますよ。
さあ、部屋へお戻りなさい」
と追い立てられ少女達はベッドに戻り、朝までぐっすりと眠った。
翌日、皆は懺悔室へと呼ばれた。
中には誰あろう、修道院長が厳めしい顔をして待ち受けていた。

「皆さん。昨夜の事はシスター・マリ−から聞きましたよ。二度とこんな
馬鹿な真似はしない様に! 判りましたね。またこのような事があれば
今度は罰を与えねばなりませんからね」
散々に説教を喰らい少女達は項垂れて懺悔室を出た。
「少し、可哀相な気もしますわ」
とシスター・マリ−は心配そうに言った。
「いいえ、これでちょうどいい位ですよ。あの子達も
これで少しは懲りたでしょうからね」
と修道院長は慰める様に言った。
だが、
「参ったわ…」
「諦めるの?」
「馬鹿ね、やり方が少しまずかっただけじゃ無いの」
「やっぱり!」
「そうよね、今度は上手くやりましょうよ!!」
少女達は少しも懲りてなどいなかったのである。

そして早速、計画を立て始めたのだった。

「あの幽霊を捕まえてやるのよ」
と、ペレイラは意気込んで言った。
「捕まえる?」
ミリーはびっくりして言った。
「ねえねえ、霊魂て掴めるの?」
とサリーが心配そうに言った。
「何言ってんのよ、ここをどこだと思ってるの?」
呆れた様にペレイラが言った。
「どこって、修道院…、あっ、そうか! 」
と ドミニカ
「そうよー、ただの修道院じゃないんだから」
と ミリー
「封印ね」
と サリー
「そう、この間習ったでしょう」
"良く出来ました"と言う口振りでペレイラは言った。
「あたしあれ一遍やってみたかったのよ」
とペレイラが言うと、
「あたしもよ」
とミリーが頷いた。
「でも、危なくなあい?」
と、サリーが聞くと
「平気よ、多分」
「そうよ、皆でやればきっとうまくいくわ」
と皆はそう答えた。
その後、少女達は学習時間が終った後で図書館へ向った。
上級生用の"高等魔術大全"を見れば、詳しくその方法が
載っているだろう、と思ったからだった。

しかし、

「あったー?」
「ううん、難しすぎて…、あったとしてもあたしには
どれだか判らないと思う」
それももっともな事であった。
と言う訳で少女達は早くも挫折してしまった。

更に数十分後…
「あー、もーだめ。体質なのよ、絶対。こんなたくさんの活字に
囲まれていると思うと、頭が痛くなって来ちゃう」
と、ドミニカが言うと、
ペレイラが励ます様に言った。
「あたしだってそうよ。あともう2册づつ見ましょうよ。それで
見付からなかったら、いいわ、別の方法を考えましょう」
「あーあ、これが、大恋愛のロマンス小説とかなら
張り切っちゃうんだけどな…」
と、ため息をつきつき、探すのだった。

その時、奥まった所にもう一つ細い本棚があるのに気付いた。
今まで、そこにそんな本棚があるのに全く気が付かなかったのだ。

「何の本かしら?」

その本は古くて傷んでいて、表紙も取れてしまっていた。
ペレイラは踏み台に上がり、爪先立ちをしてようやく指が本の背の角に届いた。
上へ持ち上げる様にして、もっと伸び上がった拍子に
"ことっ"と音がして、"取れるわ"と思った瞬間、バランスを崩し
踏み台の上から真っ逆様に、本もろともに落ちてしまった。

「きゃーーーっ」
どさどさと本の雨が頭上に降り注いだ。

「大丈夫!!」
少女達が気付いて慌てて駆け寄る。
「だっ、大丈夫よ。かすっただけ」
奇跡的にも、落下の軽い打撲だけですんでいた。

「…!! これよ! 」
ぱらぱらと何気なく中身をめくっていたペレイラは叫んだ。

それは研究書の類いではなく、誰かが研究をまとめる為にメモと日記
の代わりに書いたものらしかった。
更に、不思議な事には
かなり昔の物であるのに、まるで子供が読む事を想定していたかの様に
彼女達にも簡単に読む事が出来た。

「まあ、大変」
外からの鐘の音を聞いて少女達は青くなった。

夢中で気付かなかったのだか、窓の外は茜色に染まり
これは食堂へ集まる様にとの、合図の鐘の音なのだった。
急いで食堂へ行かなかったら、姿が見えないのを怪しまれる事だろう。
企みが露見してしまうかも知れない。

「片してる暇なんかないわ」
そう言うと、皆一斉に駆け出した。

だが、あの本はしっかりとペレイラの小脇に抱えられていた。
中身は糸がほつれていて、今にもバラバラになりそうだったが。

そして、夜が訪れた時、少女達は息を潜め昨日幽霊が消えたと
思しき場所を物陰に隠れて見守っていた。
今度は彼女達も慎重で、シスターの見回る時間を調べておいたのだった。
「行った?」
「行ったみたいよ」
「はあー、どきどきするわ…」
ジリジリとして待つ。
「ねえ、昨日出たからもう出ないかも知れないわよ」
「ばかね、昨日はもっと遅い時間だったわよ」
………
少女達はくっつきそうになる目蓋を開けておくのに必死だった。
睡魔に襲われたミリーが船を漕ぎ出した。
それを見ると、他の少女達も、幽霊の事など馬鹿馬鹿しく
そして、うとうとと、いい良い気持ちになった。
「見て!!」

急に息を呑む様なサリーの声に皆がはっと緊張した。
何かの気配を感じて皆一斉にその方向を見た。
白いふわふわしたものが、闇にぼうっ、と浮かび上がって
ゆっくりとこちらへ近付いて来るのが見えた。
しかも、啜り泣く様な声までが微かに聞こえる。

少女達は青くなった。
恐怖に耐え切れず、誰かが叫んだ。
「いやーーーっ来ないでえ」
途端に、堰を切った様に少女達それぞれの口からも
絶叫が漏れた。
そして今、目の前に迫った物体に向って、ペレイラは
持っていた本を投げ付けた。

すると、
「あっ!!」という小さい悲鳴。
そして、本の回りから閃光が走った。

少女達が恐る恐る目を開けた時、それが短い間だったのか
それとも大分時が経っていたのか、判断が付かなかった。

「ここは?」

皆愕然とした。

「一体何処?」
とドミニカが泣きそうな声で言った。

「皆さん。どうしてここに?私あら、まあ嫌だわ」

「セシリア!!」
一斉に少女達はその名を呼んだ。

「私…、またやってしまったのね…」
とセシリアはため息を付く様に言った。
「どう言う事なの?何で、あなたがここにいるの?」
とサリーが聞いた。
「私、夜中に歩き回る癖があるのよ」
と、セシリアはばつが悪そうに言った。
「知ってるわ!それって起きてる時に、すっごく悩んだり
するとそうなるんだって、セシリアそうなの?」
「ええ…、いいえ!?、
私の場合は急に環境が変ったせいで緊張している
からじゃないかって、シスター達がそう言ったから、
多分そうなんだと思うわ」
「ふ〜〜〜ん、って、えっ!じゃあ、あの白い幽霊の正体って
セシリアだったのね。待ってよ、それにシスター達もこの事知って
たって事よね」
とペレイラはしたり顔に言った。
なぜシスター達が急に、厳重な見回りをし出したのかがわかった。

「ねえ、そんな事より今は、ここが何処なのかって方が
大事なんじゃ無いの? 」
と、じれったそうにミリーが言った。

そこで、ペレイラとセシリアも改めて回りを見回した。
そこは物置き部屋か何かの様だった。
たくさんの木箱が積まれ、黴臭い臭いが漂っていた。

「ここどこなのかしら?」
セシリアも恐る恐る立ち上がる。
同時に重々しい扉が"ギイッ"と音を立てて開いた。
少女達は突然の事に、
「きゃあっ」
と悲鳴を上げた。

そこには…

初老の紳士然とした男性が立っていた。そして、
「これは…一体?おやおや、どこから紛れ込んで
来たのかな?それとも天の階段から転げ落ちてしまわれたかな?
可愛らしいお嬢様方」
と、深い暖かみのある声で戯けた口振りで言った。
少女達はそれで少し安心した。

"どうやら悪い人では無いみたいね"

男はセシリアの持っている本に目を止めると
"おや?"
と言う様に眉を潜めたが、すぐに笑顔に戻り

「レディをこんな黴臭い所に閉じ込めておく訳には
いかないな。ダイナ…」
と呼び掛けに答える様に、やたらと尻尾の長い猫が
"チリン、チリン"と首の鈴を鳴らしながら現れた。

「お嬢さん方を、客室へ案内しておいで。私はお茶の
用意をするからね」
とその男が言うと、猫は尻尾を揺らし、振り返り
その様はまるで"付いて来い"と言わんばかりの身振りだった。
セシリア達はあっけに取られながらもその後に従った。

少女達に、大人用の椅子は大きすぎた。
が、苦労して座ると、一番小さいミリーは、ようやく
顔がテーブルの上に見える程だった。
古めかしいが、立派な、と言うよりは重厚な感じのする
部屋だった。
圧倒され、少女達は口数少なだった。
扉が開き、男が中に入って来た。
彼はにこやかに笑って、ティーカップにお茶を注ぎながら言った。
「もっと、気楽に寛いでくれたまえ。あいにくと
ここは私一人しか居ないので、大したおもてなしも出来ないがね」
とウィンクした。
お茶とジンジャークッキーは美味しかった。
躊躇いがちに、少女達は男に質問した。
「あの、ここはどこなんですか?あなたは誰なの?」
ぶしつけな質問に気を悪くするでもなく、男は答えた。
「ここは、私の研究室さ。そして、人は私を"ウィッカーマン"
と呼んでいる。その方が通りが良いのでね。君たちにも
そう呼んでもらいたいな」
「ウィッカーマンさん、あなたの研究室がなぜ、クラン修道院にあるの?」
「えっ!」
ウィッカーマンは片方の眉を吊り上げた。
驚いた時の癖らしい。
そして、顎に手を当て目を半分閉じて、何か考え始めた。
少女達は、ウィッカーマンを見つめていたが
彼が微動だにしないので、

"もしかしたら、眠ってしまったのかしら?"
と皆が疑い始めた頃、
「じゃあ…」
と、やにわに口を開いたので、少女達は一斉に
"びくっ"と体を震わせた。
「…お嬢さん達が、ここへ来る直前までの事を話して
くれないかね。それまで、そこで何をしていたか、をね」
少女達は最初ぽつりぽつりと、そしてお終いの方では
先を競って話した。
「それで、あたし達気が付いたらここにいたんです」
「ふむふむ、なるほど」
ウィッカーマンは丁寧に、熱心に少女達の話を聞いた。
そして、おもむろに
「ここは、恐らくその修道院とやらだろうね。
ただし、時間軸がずれている世界のね」
と言った。
「???」
少女達には訳が判らなかった。
「それ、どう言う事なんですか?」
「まさか!! 、あたし達もう元の所へは帰れないの?」
「そんな!!」
少女達は気が動転し、しくしくと泣き始めた。
「大丈夫!! 私がきっと、皆を元の場所に返してあげるからね。
さあ、落ち着いて。もう一杯お茶を飲んだ方がいいな」
暖かいお茶と、ウィッカーマンの低く優しい声を聞いているうちに
少女達は心地よく眠くなって来た。

それもそのはず、彼女達の時間では今はまだ真夜中なのだ。
「おやおや、上の目蓋と下の目蓋が仲良くしたがっているね。
では、私は寝室の用意をしてくるとしよう」
と彼が席を立つ頃には、起きている者は誰も居なかった。
(いつの間に眠ってしまったのかしら?ウィッカーマンさんが
私達を運んでくれたのね…)
セシリアは一旦眠ったものの、またもや見知らぬ環境にいるのを
思い出すと、急に心細くなり目を開けた。
「いけないわ。気にするのが一番ダメなのに。だって、そうよ。
私は本当にこんなに元気なんだもの。病気であるはずないわ」
皆を起こさない様に、セシリアはそろそろと起きだした。
『おトイレはどこかしら?』
広い屋敷をセシリアはとぼとぼ歩いた。
すると、一つの部屋のドアが開いていて、そこから
明かりが漏れているのが見えた。
吸い寄せられる様に、セシリアはそのドアへと向った。
「あの子達の中に居るのだな?」
「ああ、まず間違い無いだろうね。私の日記の紋章、あれも一種の
クレストグラフと言えるからね。あれに反応したのだと思う。
だとすると、潜在的に素晴しい素質を秘めている事になる」
「では、その子が…」
「それはまだ判らないよ。しかし、この日記がああなるとはね…」
と少し愉快そうに笑う声がした。
「全く、呑気だな」
「ま、そう言わずに、協力してくれるのだろう?」
「ああ」

(ここにはウィッカーマンさんの他にも誰かいるのかしら?)
セシリアは思い切ってドアを開けた。
中には何やら書き物の途中らしいウィッカーマンと、
棚の上でうずくまり、眠た気に片目を開けてみせた猫が
いるだけだった。
「ウィッカーマンさん?」
「どうしました?眠れないのかね」
「いえ、あの、トイレはどこですか?」
ウィッカーマンにトイレまで案内してもらいながらも、
( 変ね、確かに誰かの話し声がしたと思ったのに…)
とセシリアは首を傾げた。



長くなってしまいました。2ページ目へつづきます。

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