W.A 外伝 セシリアの章 一員(なかま)

-それぞれの道- (完結)

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そして、一夜が明け少女たちは夕べからの出来事が夢でないのを
思い知らされると、にわかに意気消沈した。

「もしかしたらあたし達、もう元のところへ戻れないかも…」
とサリーが言うと、
「やめて!! そんなはずないでしょ。第一ウィッカーマンさんが
約束してくれたじゃないの!! 」
とペレイラが励ましとも、怒りともつかなく言った。
するとドミニカが
「でも、あの人にそんな事ができると思う?」
と言ったので、みんなは黙り込んでしまった。

そこへ一際元気良く大きな声が響いた。

「おはよう、お嬢さん方。御機嫌はいかがかな?」
とウィッカーマンがにこにこと笑いながら姿を現わした。
「おはようございます」
返って来る返事に覇気がないのを見て取り
ウィッカーマンは穏やかに、
「元気がないね、さてはお腹が減ったのかな?…」
と戯けた調子で言ったのだが、少女たちは沈んだままだった。

そこで、今度は肩をすくめつつ、
「大丈夫、心配しなくてもいいんだよ。君たちを送り返す
方法ならちゃーんと見付けてあるんだから」
と言うと、
「ほんと!! 」
「ほんとに! 」
「ほんとに、本当なの?」
少女たちは興奮しながらも、不安げな様子を隠せないでいたが、
「本当だよ!」
といたずらっぽく笑うウィッカーマンを見て、
少女たちはパッ瞳を輝かせ、こぼれんばかりの笑みを浮かべた。
そして、一斉にウィッカーマンに抱きついていった。


「じゃあ私達が、帰りたい、って思うだけでいいの?」
とソーセージを頬張りながら、ミリーが言った。
「簡単に言うとそうなんだ。君たちが、ものすごく帰りたい
って思えば思う程、力は強くなるんだ。思いを力に変える事。
それが魔法なんだよ」
と言い、ウィッカーマンはティーカップにミルクを注いだ。

「それにはまず、たくさん食べて力を付けなくっちゃね」
と言い添えた。
希望を取り戻し、みんなは元気良くおしゃべりしながら朝食を
楽しんでいた。
いや、正確には一人だけまだ元気がない様に見えたのだが…

セシリアは途中で席を立った。
「ニャー」
と急に下から声がした。
「お前は…?」
黒猫が喉を鳴らし、背中を足に擦り付けてくる。
セシリアが抱き上げてやると、目を細めまたニャーと鳴いた。
「お前はいいね。優しい人がいつも側に居てくれて…」
すると、抱き方がきつすぎたのか猫はするりと腕から
抜け出した。
猫の小さな温もりが無くなると、セシリアは悲しくなった。


(その3)

みんなは、あの物置きの様な場所に居た。
が、今は香が焚かれ、床に魔法陣が描かれている。
「さあ、みんな始めようか…準備は良いね。忘れ物はないかな?」
「ありませーん!」
言いながら、くすくすと少女たちは笑った。
では、と言いつつウィッカーマンは真顔になった。
聖水の様なものを振りまき、呪文を唱える。

一陣の風が舞う。
その風の中から光が飛び出した。
光と風が渦巻き、あっと言う間に少女たちを呑込んだ。
そして、回りを鳥の様な何かが、放電しながら飛び回っている。
みんなはウィッカーマンの言い付けを、すっかり忘れてしまっていた。
『どうしよう?』
『あたし達どうなるの?』
『やだ、怖い! 』
『わーーーん! 』

混乱の思念の中で、ウィッカーマンの声がした。
『大丈夫、そこは空間の隙間の様な所で、とても不安定になっているが 、
君たちならきっと抜けられる。私を信じて、自分を信じて、お友達を
信じなさい。そして、願うのだよ。ただ一つだけ、[帰りたい]と』
『あたし帰りたい! 』
『あたしだって! 』
『あたしも! 』
と、少女たちは落ち着きを取り戻した。

『そうだ、その調子、もうすぐだよ。みんな好きな人、懐かしい人の
事を考えてごらん。そして、その人のところへ帰りたいと思うんだ』
"放電している何か"は、いよいよ無気味にバチバチと音を立てて
大きくなって行く。 そして、それが妙にねじれたと思うと突然弾けた。

『きゃあっ! 』

少女たちには目の前で何かが爆発した様に感じられた。
気が付くと、少女たちは抱き合って立っていた。
しかし、そこは

「ここは…!?」
「あっ!? 」
「ウィッカーマンさん! !」
床にウィッカーマンが倒れていた。

「うっ……、」
呻いたまま、動こうとしない。

「しっかりしてー!」
少女の悲痛な叫びに、ウィッカーマンは意識を取り戻した。

「だっ、大丈夫。魔法が失敗しただけだ…」
よろよろと立ち上がり、ベッドソファーへ倒れ込む。

「魔法が失敗すると、どうなるの?」
目を潤ませて、ミリイが聞いた。

「普通は、失敗しても大した事は無い。しかし、今回の様に
異次元魔法となると、話は違ってくるんだ。行き場のない力が逆流して
術者を襲う事があるのさ…」

「じゃあ、今のも…!?」
少女たちはびっくりした。自分たちの習う魔法に、そんな危険な側面が
あるとは知らなかったのだ。

「心配しなくてもいい。普通に君たちの習う魔法では、こんな事はめったに
起こらないからね。悪いが、お嬢さんたち。私は少し休ませてもらう事にするよ」
と言い、ウィッカーマンは微かな寝息を立て始めた。

「ニャア〜」
と足元で声がした。
黒猫はピンと尻尾を立てて、まるでついて来いと言わんばかりの
身振りで、少女たちを促した。
「そうね、ここにいたら、ウィッカーマンさんの邪魔になるわ…」
誰言うともなしに部屋を出、猫の後について中庭まで行った。

しくしく、とすすり泣く声が上がった。
「やっぱり、帰れないのね…」
今度は誰も否定しなかった。
「わーーん」
少女たちの泣き声の合唱が始まった。
泣いている間中、猫は慰める様に少女たちの涙をなめていた。
が、セシリアだけが、いつも他の少女たちと違い、今度もさほど涙を流したり
取り乱した様子もないのを不思議そうな面持でじっと見つめていた。
ひとしきり泣いた為か、はたまた猫の慰めのおかげか、ようやく
彼女達は落ち着いた。

すると今度は
「なんで、失敗したのかしら?」

「あたしすごく帰りたいって一生懸命念じたのに!」
「足りなかったのかもよ!!」
「そうよ、初めての事だもん。いきなりうまくいかないわよ!」
「あたしも、そう思う。すっごくスリルがありすぎるんだもの!」
「スリル?怖くて泣いてたの誰〜?」
「やだ、お互い様でしょ〜?」
「とにかく、もう一度ウィッカーマンさんにお願いしてみましょうよ!」
と少女たち特有のかまびすしいおしゃべりが戻った。

「セシリア、どうしたの?何か元気ないじゃない、大丈夫よ。きっと」
と優しいドミニカが言った。
「ええ、そうね」
それを背に聞きながら、やれやれと言った感じで
尻尾を振り振り、猫はそっと姿を消した。


「ああ、君か…あの子たちは?」
「泣いたり、笑ったりしてるよ」
「??、まあ、、大丈夫って事なんだね」
「大丈夫でないのは、お前の方だろう」
「いや、大した事無いさ」
「なんだって?冗談じゃないぞ! あの時、」
「わかってるよ、君がうまく空間を閉じてくれなければ
もっとひどい事になっていたろうからね。悪かった」
「いや、べつに、そんな意味で言ったんじゃない。心配してるのは…」
「それもわかっているよ。けれど、今度の事は、あの本が
原因なんだ。だとしたら、どうしても私の手で始末を付けたい。
それは、魔術師として当然の事だ。違うかね?」
「ふん、それはそうだが…、しかし、いや…」
「何だい?」
「……、こんな時に言いにくいが、道が狭まっている。それも
急速にだ。この分だと、…」
「そんな!?こうしちゃいられない!! 」
「無茶だ! と言っても聞かないんだろうな」
「勿論!! 」
そして、ウィッカーマンはよろよろと立ち上がったのだった。
「しかし、肝心な失敗の原因は何だと思う?」
との問い掛けに
「それがわかれば苦労はない」
と答え、部屋を出るウィッカーマンを、
「今回だけは力を貸すよ」
と小さく声が追い掛けて来た。



「ウィッカーマンさん!!」
その姿を見ると、少女たちが異口同音した。
「大丈夫ですか?」
「あたし達の為に、ごめんなさい」
彼は少女たちを安心させるかの様に、にっこりと笑いながら言った。
「もう、かなりいい具合だよ。そこで済まないが…」
「ウィッカーマンさん。あの、お願い。あたし達もう一度、
挑戦したいの。急がなくてもいいですから…」
先を待切れずにサリーが言った。
「そうはいかないんだよ」
遮るウィッカーマンの言葉に、みんな驚いた。
「えっ!!」
しかし、それに構わず彼は言った。
「急がないと、扉が閉って出られなくなる、って事なんだ。やるのなら、
一刻も急がなければいけないんだよ」
しかし、少女たちは顔を見合わせた。
「でも、…本当にウィッカーマンさんはそれで平気なの?
今度ももし、失敗したらどうなるの?」
恐る恐る、ペレイラが聞いた。
「そんな事は気にしなくても、いいんだよ。用意が出来たら呼ぶから、
みんなはここでおしゃべりでもしてリラックスしておきなさい」
と静かに言うと出て行った。
 
「本当に、失敗したらどうなっちゃうんだろう?」
ぽつんとミリーが言った。
「馬鹿ね、そんな事……」
ペレイラは言ったが自信はなかった。
「もし、失敗してウィッカーマンさんが死んじゃったら……」
と今度はサリーが言った。

「あたしのせい、かも…」
みんなは反射的にそちらを見た。
「セシリア!?」
「なんで?なんであなたのせいなの?」
彼女は最初の時と同様に困った様子で、
「だって、あたし…帰りたいかどうか、良くわからないの…」
と、小さく言った。
「どうして、どうしてみんなの所に帰りたくないの?」
ドミニカが不思議そうに聞いた。
「帰りたくないんじゃないの、ただ、…」
「ただ?」
「あたしのいる場所ってどこなんだろう、って考えたら
わからなくなったの」
「??」

みんなには、彼女の話が良くわからなかった。
「そんなの変よ!、絶対に変なんだってば! 」
とペレイラが叫んだ。
「どうして、皆に会いたく無いの?皆心配してるのに?」
ミリーが聞いた。

「わからない、私にはわからないの…。いつも私は王女
だと言うだけで、皆から愛されてるんだろう、幸せなんだろう、
きっと、贅沢に何不自由なく暮らしているんだろう、って思われているわ。
でも、本当は違う。そんなんじゃないの!! お城の大人の人は皆私に言うのよ。
立派な王女らしく、アーデルハイドの跡継ぎらしく、国民の手本と
なるように、って。あれも、これも皆が楽しそうにしていても私には
何一つ許されなかったわ。私は自分のお部屋にもほとんど住んだ事がないの。
優れた教育を受けられる様に、寄宿舎に入っていたからよ。
いつも、お父様とも離れて私はたったの独りぼっちだった…。
でも、ここでなら、私はただのセシリアになれるんだもの…。
優しいウィッカーマンさんもいるし。私は、王女じゃなくただの女の子
の一人として、あんなに優しくされたのは初めてよ。だから、
ここにいても、ううん、ここにいる方がいいようなそんな気がして
しまったんだわ。だって、帰ったらまた私はセシリアじゃなくて、
王女にならなければいけないからよ」
とセシリアは涙を浮かべて言った。

「わかったわ…」
とペレイラが言った。
「あんたがそんな風に思っていたなんて、あたしちっとも知らなかった。
だって、いつも"私は王女よ"って澄ましていて、とっつきにくかったんだもの。
でも、安心したわ。あんたも普通の女の子だったのね。ふふっ、変ね。
こんな事にならなければ、これからもずっとあたしはあんたをスかした奴
って思ってただろうし、友達になれるなんて絶対に思わなかったもの」

「そうよ、あたしたち知らなくてごめんね。そんなに王女って大変だったのね」
とサリーが同情混じりに言った。
「あたしも!! 王女様って、もっとつーんとして威張ってて、我がままで、
クルクルって巻いた長い髪をしていて、いつもきらきらと派手な服を着て-」
とミリーが言うと、皆は笑い出した。

「でももう、そうじゃないってわかったわ」
とペレイラは言った。
「セシリア、それでもあんた帰るべきよ。誰もあんたを待っていないなんて嘘。
愛してくれる人がいない、なんてはずないわ。あたしにはわかる。あんたも
本当は、"お父さんに二度と会えなくてもいい"、なんて思っていないはずよ!
そうでしょ?違う?」

セシリアは頷いた。
「ええ、私二度と会えなくなるのはやっぱり嫌だわ。
それに、ウィッカーマンさんもあんなに一生懸命に私たちを
帰してくれようと頑張っているんですもの、私たちも頑張らなくちゃ」
「そうっ、その通りよ!! 大丈夫、今度はきっとうまくいくわ」
とペレイラは笑った。

「にゃ〜」
と突然声がして、あの黒猫が入って来た。そして、首を戸口へ振ると
ゆっくりと出て行った。
皆はもう、当然とばかりにその後を追った。


(その4.)
ウィッカーマンはいくぶん青白い顔だったが、
相変らず笑みを浮かべ立っていた。

「用意はいいかな?」
「はいっ!」
覚悟を決めた様に一斉に少女達が答えた。

「いいかい、今度は絶対に大丈夫だから。
皆にこのお守りをあげよう。これをもって、元の世界に
帰れます様に、ってお祈りしているんだよ」
と、優しく言い包みを差し出した。
セシリアがそれを受け取った。

「じゃあ、始めよう!」
というと、ウィッカーマンは真剣な面持になった。

なにやら呪文を唱えている。
そして、今度も光の渦が少女達を呑込んだ。
少女達はウィッカーマンの言う通り、必死になって、
元の世界へ帰れるように、と祈り続けた。
すると、彼女達は薄暗闇の中にいた。風が止んで
目の前にきらきらと光る絨毯の様な道が続いている。

「多分、この道を歩いて行けばいいんだわ」
ミリーが興奮して叫び走り出した。
少女達も不思議とミリーの言葉を確信し後に続いた。

しかし、突然道がぐにゃりと歪み消えた。
すると、どこからか少女達を呼ぶ声がした。
「ミリー」
呼ばれたミリーが振り向くと、そこには小太りの女の人がいた。
「ママ!!」
ミリーは駆け出した。
「待って、!!」
そう呼び止めようとしたドミニカの腕を取るものがいる。
「お姉ちゃん」
「ピート!! あんた何でここにいるの?」
「何でって、お姉ちゃんを迎えに来たんだよ」
「ええっ、!?」
「やだなあ、何寝ぼけてるんだい?早くお家に帰ろうよ」
少年の辺りがふわっと明るくなり、懐かしい景色が広がった。
坂の上には見慣れた我が家がある。
「早く、早く」
少年は家へと駆け出した。
「待ってよ」
ドミニカも駆け出す。
家の戸が開き、中からは母親が現れた。
ドミニカは手を振った。

「みんなっ、どうしたの?何が起こったの?」
セシリアは他の少女達が突然、てんでばらばらな方向へと駆け出すのを
見ているしか無かった。
「どうしよう?このままじゃ…」
と呟いた時、

「どうしたのです?」
と、とても優しい声がして、セシリアは"ハッ"として顔を上げた。
そこには、細く流れる金の髪をした背の高い女の人がいた。
「どうしたのですか?何か困っているの?」
セシリアに向って微笑みながら、不思議そうに女の人はそう言った。
「あなたは!?」
セシリアは驚いた。
それもそのはず、女の人はセシリアの父の寝室に掛かっている肖像画の人、
つまりは"セシリアの母"に良く似ていたのだ。

セシリアはしげしげと女の人を見つめた。
"もしかしたら、本当にお母様なの?"
女の人はとても甘い匂いがして、キラキラと光る瞳はサファイア色に
反射して、セシリアを映し出している。
「お家に帰れなくて困っているのね。大丈夫よ、わたくしが
ちゃんと連れて帰ってあげますからね。さあ、」
そう言いいながら、セシリアの母は白い手を差し出した。
すると、その後ろに"ぱあっ"とアーデルハイド城が広がった。

「さあ、いらっしやい…」
なおも差し出される柔らかそうな手に、セシリアが手を伸ばしかけた時、
"ばしっ!! "と何かが弾けた。

セシリアが持っていた"ウィッカーマンのくれたお守り"の、包みが破れた。
「これは、クレストグラフ!?」(魔法の力を封じ込めているカード)
中には三枚のクレストグラフが入っていた。
その一枚のクレストグラフが赤味を帯びて輝き、ほんのりと温かい。
そして、母へと目を転じたセシリアは目を疑った。

母の手首が弾け青い液体が傷口からほとばしっている。
そして、肩から生えているのは毛むくじゃらの腕!!
その顔ももはや母の面影はなく、ゴブリンの様に醜かった。
「!?」
そして、あんなに細かった体がもりもりと逞しく盛り上がり、それは
大きな蜘蛛の様な化け物へと変化した。

そして、回りの景色もアーデルハイドなどではなく、薄墨を流した様な
空間で、セシリアはネバネバした蜘蛛の糸の上に立っていた。
ペレイラやミリー達はその糸にぐるぐる巻に巻かれ、吊されている。
状況を把握したセシリアは震えが止まらなかった。

「くっくくく、久々に迷い込んだ獲物。そう簡単に逃がしはしないよ。
その忌ま忌ましいカードをこちらへ渡すのだ。そうすれば、お前だけは
助けてやってもいい」と言った。
「そんなの、そんなのダメです」
かすれ声になりながらもセシリアは必死に答えた。
「おや、そうかい。それならそれでいいんだよ」
答えながらも化け物はセシリアの回りをぐるぐると回り、
隙を伺っている。

「!?」
「まずいな…」
猫が言った。
「大変だ。あの子達を助けなければ! 」
それまで、猫の瞳に見入っていたウィッカーマンは猫を下に下ろすと
部屋の中を歩き出した。
「どうやって?いくらお前でも、ここからあの空間まで
魔力を飛ばせるのか?届いたところで、何の役にも立たないだろう」
猫はウィッカーマンの動きを、せわしなく見つめながら言った。
「しっ、少し黙っててくれないか。何か…方法があるはずだ…
そうだ!!、あれを使おう!」
そして、ウィッカーマンは部屋を飛び出した。

「聞こえるかね、…」
セシリアはクレストグラフから突然、声が聞こえて来たので驚いた。
見ると二枚めのクレストグラフが金色に"ぼうっ"と光っていた。
「ウィッカーマンさん?」
おそるおそるセシリアは言った。
「ああ、聞こえた様だね。いいかい、クレストグラフは絶対に
奴に渡してはいけないよ。わかるね?渡したら最期、皆奴に食べられて
しまうからね」
それを聞くとセシリアの心臓は"どくん"と鳴った。
「じゃあ、どうすればいいのですか?」
目は化け物を油断無く追いながら、セシリアは尋ねた。
「君たちは魔法を習っているよね。どこまで覚えたんだい?
攻撃魔法の所作なども、もう習っているだろう?」
とウィッカーマンは聞いた。
「はい、そこまでは覚えました」
授業を思い出しながら、セシリアは答えた。
「ならば、さっき私が渡したクレストグラフに"フレイム"
(火の攻撃魔法)がある。 私も何とか転位魔法で補助魔法を
送ってあげるから、君もどうにかして フレイムを発動してくれないか」
とウィッカーマンは言った。
「だっ、だめです。まだ、私実際にフレイムを発動した事なんて
ありません。もし、失敗したら…」
泣きそうになりながら、セシリアは言った。
「失敗したら、また別の方法を考えれば良い。でも、何も
しないでいたら、いつまでもそこにいなければならないんだよ。
ずっと同じ所に止まったままなんだよ」
ウィッカーマンは優しく強く、励ます様に言った。
「でも、…わかりました。私やってみます」

セシリアは三枚目のクレストグラフを手に取った。
火のイメージを思い浮かべながら火の精霊の呪文を唱え、
精神を集中させる。
クレストグラフが熱くなり、魔法が発動する前兆を見せた。
しかしその時、"そうはさせじ"と化け物も糸を吐き、それは
セシリアの足元近くに落ちた。
セシリアの心は動揺し、術に集中できなくなってしまった。

"あと少しなのに…。やっぱり、私には無理なの?…
その弱気を見抜き、今がチャンス、とばかりに化け物は身構え
そして、幾重にも糸を繰り出して来た。
"助けて誰か…"
セシリアの心の叫びに答えるかの様に、胸元の母の形見のペンダントが
まばゆく輝き出し、その光にセシリアは目が眩んだ。
セシリア目掛けて襲いかかって来た糸は、その光の中に消え去っていた。
そして光が少し弱まったその中に、セシリアは母の姿を見た。
「セ…シリア、がんば…って」
幽かに弱々しくではあったが、セシリアは自分を励ます声を聞いた。
母はセシリアの手に手を乗せ微笑んだ。
セシリアは胸が熱くなった。
「ありがとう、お母様。私、がんばるわ」
「フレイム!!」
ついにセシリアは魔法を発動した。

「フレイム!!」
ウィッカーマンは魔法を発動した。
そして、それはあのウィッカーマンの"日記"と称する開かれた本に向けて
発動され、フレイムはそのページの中へと吸い込まれる様に消えて行った。


セシリアの細い魔法の軌道に、どこからかすさまじい勢いで別の軌道が
向って来た。そして、二つの魔法は重なり絡み合い、フレイムは白色に
爆発しながら化け物へと直進した。

化け物の体は二つにねじ切られ、なおフレイムの軌道に引き摺られ、
急速に膨れ上がったかと思うと、散り散りに爆発した。

「セシリア!!」
「セシリア!!」
糸の戒めから解放された少女達が、口々にその名を呼びながら駆け寄った。
いつの間にか、あの光の絨毯の道も再び現れた。
そして、その道の先には丸い鏡の様な小さなトンネルも現れていた。
「一斉に、行くわよ!! いい?」
とペレイラはセシリアを見た。
「いいわよ!!」
にっこりと笑ってセシリアが答えた。
少女達はしっかりと手を繋ぎながら、トンネルへと飛び込んだ。

すると、少女達は"誰か"にぶつかった。
「まあ、あなた達!! …また、こんな所で!! …一体何をしているの!?」
その声の主は
「シスター・マリ−!?」
少女達は異口同音に叫んだ。
「きゃーーーっ!! 」
と言う歓声と、
その大声にびっくりしたシスターをよそに
「やったわ、やったのよ。あたし達、帰れたんだわ!! 」
という叫びは、夜中にも関わらずしばらく続いたのだった。

「じゃあ、ここいらで一休みしようか?お茶でも入れよう。
君はミルクをたっぷり、だったね?」
ティーポットにお茶を入れながら、彼は言った。
「もう、あれで最後の魔力を使い果たしたと言うのに、
馬鹿に機嫌が良いじゃないか?」
と、黒猫こと、ダン・ダイラムは言った。
「ふふふん、当然さ。何しろ私の後継者が見付かったのだから、ね」
とお茶をつぐ、ウィッカーマンこと、ジョン・ディーの顔は
晴れやかだった。

(完)



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