第2話『閉ざされた記憶』

劇中台詞 【B=ブラック・ジャック 老=老人の患者 少=患者の孫娘 悪=悪漢 ト書きB=ブラック・ジャックが状況説明、第一部ではブラック・ジャックギャング団の担当】

ト書きB-現金三千万円、ブラック・ジャックの前にドサリと積み上げられた札束。それさえあれば、手術は引き受ける。例え相手がどんなに胡散臭い依頼主であろうとも…。人相の良く無い男達。患者は白髪の老人。後頭部に古い傷跡。運び込まれた時に昏睡状態。麻酔薬を打たれているらしい。もう一人-

少「おじいちゃあん

悪「うるせえな! ガタガタ騒ぐんじゃねえやい」

B「ガタガタうるさいのはお前さんの方だ。小さな女の子に乱暴は止せ。それより、ほら、これがこの患者の頭のレントゲン写真だ。傷跡のある辺りに、昔強い打撃を食らってそこにヘマトームが出来ている」

悪「へっ、ヘマトーム?」

B独白解説--ヘマトーム、頭の中に出来た血の固まり。ヘマトームが脳を圧迫し患者の記憶等に障害を起こす--

悪「では、何かい?先生。その、そのォ、へ、へ、ヘマトームとやらを手術で取り除けば、そいつの記憶はまた元に戻るのか?」

B「可能性はある」

悪「ハッ! 可能性じゃ困るんだよ。もし手術しても無駄だったら先生。あんたも無事じゃ済まねェからな! 」

少「おじいちゃーーん、ヒク」

B「お嬢ちゃん、大丈夫だよ。間違ってもあんたの大切なお祖父さんを殺すような事はしないから」

『カッチン、カッチン、カッチン』時計の秒針を刻む音

B独白-手術は頭の皮を剥ぎ、骨膜を3cm程切開。そして頭の骨にドリルで穴を-

『キュイーン、キューーン、キューー』ドリル音

『カッチン、カッチン、カッチン』

  ………

B「終わったよ。これであと2、3日は絶対に安静だ」

悪「で?記憶は戻ったのかい?」

B「それは後で患者に聞いてみろ」

ピアノ転換音

老「そう…だ。思い出した。思い出したぞ! 御蔵島の南の洞窟だ。間違い無い」

悪「さすがだぜ、せんせえーえ。手術料の追加分は、宝物が見つかったら早速払わしてもらうからな」

B「宝物?」

悪「ああ。戦争の終わり頃、沖縄へ送る予定の軍のガソリン三十万ガロンが、沖縄が占領されたんでどっか別の場所へ隠された。所がよ、その隠し場所を知ってる連中はみんな戦死して、たった一人の生き残りがあの爺さんって訳だ」

『ブロオオオーーー』船の汽笛

『ザザーーーッ』波の音

老「この滝の裏側に洞窟がある。参謀閣下は、ここへ隠しておけばアメリカ軍には絶対に見つからない。もし日本が戦場にでもなったら、ここは最後の砦になるんだとおっしゃった」

悪「よしっ、案内しろ。もし少しでもお、おかしな真似しやがると、船に残して来た医者と孫娘の命は保証しねえからな」

老「わかっているよ。それよりロウソク貸してくれ」

悪「ろうそくぅ?かっ、懐中電灯じゃダメなのか?」

老「いんやぁ、あの時もやっぱりロウソクだった。あの時と同じロウソクの方が洞窟の中の迷路を迷わない」

悪「ああ、そうかい。分かったよ。おい、野郎共。船帰ってロウソク持って来い」

ピアノ転調

少「おじいちゃんは毎年夏になると、毎晩うんうん唸されてたわ。思い出せない。思い出せないって」

B「ほおーう」

少「頭の後ろのあの傷が、一体どうして付いたのか、何かとっても大切な事を忘れてしまったんだって。でも、もう大丈夫ね。先生が手術して下さったから。もうおじいちゃんの記憶はすっかり元通りになったわ」

B「さあ、それはどうかな。人には思い出さない方が良いと言う事も、いっぱいあるんじゃないのかな?」

悪「あったぞォーい。ウェヘヘヘヘ、どおだィドラム缶の山だ。三十万ガロンのガソリンだーアッハハハハ宝物だァ。ウアハハハハハ、ハハハハハ」

老「儂は戦争はまけると思っていた。日本をまた戦場にするなんて、とんでもねえ」

『ガタン、ガラガラガラガラ』ドラム缶の崩れる音

悪「おいっ、何するんだ。やっ、や、止めろ。止めるんだ。危ねえじゃねェか。えっ、おい、そんな所で、ロウソク、止すんだ、止せったら。あっ、危ねえったら」

老「そうだ、ロウソクだ。儂は一人残ってこの穴に引き返して来た。ガソリンを燃やしてしまうつもりだった。そん時頭の後ろにガーンと1発。ありゃあ参謀閣下だ。気ィを失った儂は海へ突き落とされたんだ。思い出したぞ。儂は何もかも思い出したぞ。お国の為だ。儂はどうしてもこれを燃やす。燃やさにゃならんッ! 」

悪「い、や、や、やめろーーっ! 」

『ボガーン、ドゴオーン、ボワン、ドカン』爆発音

少「えっ、えっく、ひっく」

B「多分、ああなるだろうと思っていたよ」

少「えっく、えっく」

B「お嬢ちゃん、教えてあげよう。記憶が戻ると人間は、丁度記憶が消えた時の行動に、無意識に戻ってしまう事があるんだ。あれもその一つだ」

『ザザーーーー、ザザザーーーーーッ、ザーーーー』

【-完-】

感想・他…旧コミックス2巻第16話「閉ざされた記憶」。手術の成功が患者の幸福に結びつくとは限らないと言う話。患者自身が望まない限りは、大概そうなっている。病気になるにはなるだけの理由ってもんがあるのかも知れない。心と体はそれだけ密接だと言う事だな。若い頃はそうでもないが、記憶が蓄積されて行くに従い、過去の行状が悪ければ悪い程その記憶が出て来て苦しめられるもんらしい。脳みそに記憶が仕舞いきれないではみ出して来るのかな?だから老人は昔の事ばかり繰り返し話すのだろうか?

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