第9話『はるかなる国から』

劇中台詞 【父=ブラック・ジャック父 B=ブラック・ジャック ピ=ピノコ レ=蓮花 ギ=ブラック・ジャックギャング団】

と、本編に行く前に確認を。この話は題名が『はるかなる国から』でコミックスにも同名の物語、第5巻42話があるが、このラジオドラマの内容はコミックス第6巻52話の『えらばれたマスク』なのである。「はるかなる国から」を録音した上から「えらばれたマスク」の話を録音したのかと何度か冒頭を聞き返したが、音の途切れ目が無い。重ね取りすれば一発で判る様になってるんで、多分この題名でこの内容でやってしまったのだと思われる。以上御了承の上、御覧下さい。

『ジリリリリリーン』黒電話の着信音

B「はい、ブラック・ジャック」

父「黒男! 」

B「間違いです」

父「黒男、黒男なんだろう?儂だ。会って欲しい。お前の事、聞いているよ。立派な外科医になったそうだな」

B「あなたを存じません、では」

父「まっ、待ってくれ、切らんでくれ。助けて欲しい患者がいるんだ。頼む! お前の腕を頼ってマカオから来たんじゃないか。金は幾らでも出そう。黒男、私たちは青山のコーポ東洋にいる」

『カチャコン』受話器を置く音

ピ「黒男ってだえよのさ。今、電話れ喋ってたらない」

ピ「ひどい顔よ。寝てらったい先生。あーーーってば」

B「出掛けて来る」

『ブブッ』クラクション音、車の往来する音

ギ「青山」「東洋コーポ」「7階77号室」「ブラック・ジャックが入って行く」

父「黒男! 」

B「お父さん……」

ギ「オムカエデゴンス」

(木琴の場面転換音)

ギ「白髪の紳士」「鼻の下にヒゲ」「生えてる」「その他は」「目も鼻も」「似てる」「(皆で)そっくり! 」「ブラック・ジャックに」「(皆で)そっくり!! 」

父「来てくれた。来てくれると信じていた。さあ、掛けて。いやあ、懐かしい。本当に懐かしい。黒男」

B「何ですか?」(すごくイヤそうな声で)

父「お前の、その、顔の傷は…」

B「僕は身の上話をしに来たんじゃない」

父「あ、ううっ。悪かった。あまりに久し振りだったものだから」

B「20年も、音沙汰が無かったのはそっちでしょう」

父「今、マカオにいる。事業が順調に伸びてね」(うれしそうな声)

B「患者に会わせて下さい」

『ガチャガチャッ、キイイー』ドアの開閉音

父「蓮花、儂の今の家内だ。さっ、被り物を取るんだ。黒男が治してくれる」

レ「はい」

(エレクトーン緊迫した効果音)

B「ハンセン氏病」

父「そうだ…。5年前発病した。療養センターに何年も入って治療した甲斐あって病の方はどうやら治った。が、顔がこの通りになってしまってな。この顔を美しく治せるのはお前しか居ないと聞いた。お前の手術の腕を借りるほか無い。それに…、お前に会って仲直り出来るチャンスでもある。そう思うと、矢も盾も溜らず儂は蓮花を連れて日本へやって来たのだ」

B「ほおー、つまり手術はエサと言う訳だな」

父「黒男」

B「手術を口実に昔の事を忘れろって言うんでしょう」

父「いけないか?……お前を儂の息子として呼び戻したいと言うのは。全ての財産をお前に」

B「フッフッフッフッフ、勝手な! 」

父「何?」

B「虫が良すぎる。ハッハッハ、ハッハッハッハ、ハハハハハー」(最後の方バカにした様な感じで)

ギ「(ブラック・ジャックの幼少の頃の声担当)母さん、死んじゃダメだ」

母「黒男、許してあげてね」

ギ(幼B)「イヤだ。あんな奴殺してやる」

母「本当は良い人なのよ。とっても優しい。ただ、魔が差しただけなの」

ギ(幼B)「イヤだ、イヤだ」

母「約束して。2人して父さんを許してあげるって」

ギ(幼B)「イヤだーー、母さーーん」

B「あんた海外出張に出たのは、この女と逃げた。子供と妻をゴミの様に捨てた。母はどんなに悲しみ苦しんだか。あなたはそんな母を顧みようとさえしなかった。それが今になって-」

父「忘れろか。マカオへ来てくれ。儂の屋敷へ来て考えてみてくれ。そうすればお前の気持ちも変わるかも知れん」

B「あんたと会うのはこれっきりにしたい。御注文は?」

父「うんっ?」

B「あんたの今の女房をどんな顔に整形しろってんだ」

父「美しく…、この世で最も美しい顔にな」

B「七千万! 七千万円頂く」

父「よし、払おう。払ってやる。その代わり、これはビジネスだ。約束は守ってもらうぞ」

B「結構」

父「手術はいつだ?」

B「今!、ここでだ」

『シューーーーーーーーーーー…』

ギ「膨らむぞ」「どんどん膨らむ」「もっともっと空気を入れろ」「よーし膨らんだ」

B「このビニールハウスの中は無菌室になっている。今から始める」

父「わかった」

B「あんたに聞いておきたい事が一つだけある」

父「んっ?何だ?」

B「今でも母を、あんたが捨てた妻を少しは愛しているのか?」

父「…儂は…」

「どうなんだ!! 」

父「ハッキリ言おう! 儂が今心から愛しているのは蓮花だ。その手術台の上に眠って横たわっている女だ。儂が今愛しているのは蓮花だけだ。わかってくれ! 愛情とは残酷なものなんだ。それだけは儂自身どうにもならん」

B「もういい! 」

父「わかってくれ、頼む」

間、髪を容れずにB「もう口をきかないでくれ」

『カッチンカッチンカッチンカッチンカッチン…』

B「終わった…」

父「そうかっ! レッ蓮花は、蓮花は美しい女に蘇ったんだな!! 」

B「この世で最も素晴らしい女にな…。一ヶ月で包帯が取れる」

父「は、早く見たいッ! 」

B「一ヶ月の辛抱だ、では」

父「どこへ行くっ?」

B「心配御無用。包帯は私が取ってやる。ではしばしご免! 」

父「黒男……」

(木琴の場面転換音)

ギ「1日」「2日」「3日」「1週間」「2週間」「3週間」「1ヶ月、過ぎた」「オムカエデゴンス」

『カッチャン、カッチャ、カッチャ』鋏で切る音

B「ほおぅ、鏡に映っているあんたの顔、どうです?」

レ「素敵! なんて美しい。あなた見て! これがあたしの顔。新しいあたしよ! 」

「ああっ! 」

(ピアノ転調効果音)

父「お前は! あいつ。あいつだ、あいつの顔だ。ブラック・ジャック何故だ?……なぜこんな顔に!! お前の母親の顔になどしてしまったんだ。儂は言ったはずだ。世界一美しい女にしろと! 」(半泣きの声で)

B「私が知っている世界一美しい女だ。俺はそう信じているんでね」

父「あああ〜〜っ、なんと言う事をお前は……」

B「いいかい?あんたはこれから一生この顔を見ながら暮らすんだ。嫌でもそうしなけりゃならない。あんたが捨てた妻の顔をな」

父「なぜっ! なぜだー!! 」

(テーマ曲インストゥルメンタル)

B「さようなら、……父さん」

ギ「ブラックとは」「(皆で)黒」「ジャックとは」「(皆で)男」「だからブラック・ジャックは」「(皆で)黒男の事」「ブラック・ジャックの過去の名前」「(皆で)黒男!! 」「オムカエデゴンス」「この日」「ブラック・ジャックが」「また一つ」「過去を捨てた」「(皆で)捨てた!! 」

【-完-】

次回は第11話『2人の黒い医者』をお送り致します。

感想・他…これ結構辛かったよ。ブラック・ジャックの身の上に通じる部分を持っていますんでね。ブラック・ジャックも本当は父親が既に母親にはこれっぽっちの愛情も持って無い事位、先刻御承知だろうよ。父・母と言っても2人は元々他人だし、愛情が無くなっても何ら不思議では無い事位は普通、大人なら判る事だ。しかし父親が母親に対して愛情が無くなったとしても、血を分けた子供だけは別、のはずなのだ。だからもし、嘘をついて「まだお前の母親を愛している」と言ってくれたなら、それは他ならぬブラック・ジャックの為の嘘なのである。つまりそれこそが父の息子に対する愛情であり、自分が酷い事をした妻に対する謝罪なのだ。それを示せなかった事で、ブラック・ジャックには父親の甘言の真意が透けて見え、絶望に似た気持ちを抱き父親を見切ったのだろう。世界的に有名な外科医の息子は確かに自慢であるし、穿って見れば商売の宣伝の道具にも使えるかも知れん、という事だな。大体がこの親父は、言葉の端々から自分のマカオの屋敷かなんか見せて、権力や財産をひけらかして釣ろうって言う魂胆なのがミエミエでイヤだ。泥棒猫の顔を世界一の不細工にしなかったのがブラック・ジャックのせめてもの武士の情け、だと思った方がいいな。

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