『第三話・アナフィラキシー』

劇中台詞 【メ=メイスン大佐 B=ブラック・ジャック 看=看護婦 ギ=ブラック・ジャックギャング団】

メ「ブラック・ジャック先生、初めまして。私はメイスン大佐。あなたのお名前はかねがね伺っておる。外科手術に掛けては奇跡を生む腕だと評判ですな。そこで、ゼヒ一つ手術をお願いしたい。私の息子です。たった今、アラビアのシナイ半島の前線から運んで来た。息子はアラブ戦線へ出ていたのです。そして重傷を負った」

B「左胸部盲管銃創。冠状動脈左側に破片貫入。うん、レントゲンで見ると冠状動脈のすぐ横の心臓の壁で砲弾の欠片が止まっている。メイスン大佐、あんたこんな危険な患者をわざわざ日本にまで運んで来た。現地ですぐに手術するべきだった。」

メ「それがダメなのです。息子はアナフィラキシーで」

B「なんだって1? アナフィラキシー、そうか、そうだったのか! アナフィラキシー…」

ギ(皆)「アナフィラキシー!!」

(ピアノでOPテーマ曲インストゥルメンタルと共にブラック・ジャック解説)

B『アナフィラキシー、過敏症。この患者には麻酔は効かない。どんな麻酔にも身体が拒否反応を起こして激しい痙攣を起こす。これでは手術が出来ない。もし、無理にでも麻酔を掛けて手術しようとすれば患者は、多分、ショックで、死ぬ』

メ「先生、息子を助けられるのはあなたしか無い」

B「藁をも掴む気持ちって奴かな」

メ「幾ら掛かるかおっしゃって下さい」

B「ズバリ、現ナマで一千万円」

メ「い、一千万、四万ドルの手術料……」

B「イヤなら止めるさ。これは危険な手術なんだ。あんた達軍人は決死隊を組んで敵中に踊り込む。こっちもその位命懸けなんだ。俺はな、手術が失敗すればあんたに命を取られたって別に文句は言わんよ」

メ「う、や、よかろう。すぐ始めてくれ。息子がもう一度前線に出られるなら、四万ドルは惜しく無いッ! 」

(効果音で不穏な緊迫感を表現)

B「患者はアナフィラキシー。普通の麻酔は使えない。そこで手術は電気麻酔で行う。150V毎秒700サイクルの交流電波を患者の頭部にぶち込む。強さは130mAだ。よし、電流、流せ! 」

『ピコーン、ピコーン』心電図を表わすソナー音

B「只今から開胸手術を行う。胸腔を開き、心臓が露出した所で一時心臓を止め、刺さった砲弾の弾片を抜き取る」

『カッチン、カッチン、カッチン…』とストップウォッチの音、時間の経過を示す。続く

B「第五肋骨を切除、メス」

『チャキ、カッチン、カッチン、カッチン…』

B「第二管子」

『カチャ、カチャ、カッチン、カッチン、カッチン…』

B「よし、心臓だ! 」

『カッチン、カッチン、カッチン…とドックン、ドックン、ドックン…』心臓の鼓動

B「今から電流を流し、心臓を一分間止める」

『ドックン、ドックン、ドックン…』

B「少しでも手許が狂ったら大出血。患者は即死だ」

『カッチンカッチンの音フェードアウト、ドックン、ドックン、ドックン! 』

秒針を刻む音も心臓の鼓動も消え、無音

B「終わった…」

(木琴の曲で場面転換の効果音)

看「メイスン大佐、手術が終わりました。ブラック・ジャック先生からの伝言です」

メ「で?……」

看「手術は成功、一年後にはヒマラヤへも登れる」

メ「ほ、本当か! 」

看「おめでとうございます」

メ「ありがとう。先生に伝えておくれ。今夜の9時にホテルのロビーでお待ちする。お礼の食事に御招待したい。ああっそうだ、あなたもこれから家の息子の面倒を看てもらう方だ。あなたも御一緒に御招待しよう」

看「でも、私は…」

メ「いえ、ぜひそうしてくれたまえ。こんな異国で息子の手術の成功を祝ってくれる人間は、他には誰も居ないのだから」

(ざわざわと話し声や食器の触れる音等、人の集うレストランの効果音)

メ「いや、あなたは聞きしに勝る名医だ。私は30年軍にいるが、あなたのような軍医がいたらさぞかし安心な事でしょうな」

(間 髪を容れず)B「息子さんは。全快したらまた軍隊ですか?」

メ「勿論、戻すつもりです。私の家は代々軍人の家系で、国の為に戦って勇ましく死ぬ事は、我がメイスン家の誇りなのです。私の曾祖父さんも祖父さんも、父親も孫も、皆、戦場で死んだ。いつか私もそうなるだろう。しかし、やられるばかりではありませんぞ。私はベトナム戦争で200人。アラブ戦争では35人を殺した。その前の太平洋戦争ではジャップを87人、今度のアラビア戦争では429……」(フェードアウト)

(『プップー』とクラクション。車の往来の効果音。屋外にいる事を示す)

B「哀しい男だ、メイスン大佐。人間を殺す事を楽しそうに喋りやがる。それもうまそうに食事をしながら」

看「本当に。人間の命を救うのを使命になさっている先生のような方もあるというのに」

B「俺か…。俺は人間の命を救おうなんて思っちゃいない。俺が手術をするのは、金の為だよ」

看「先生! …」

B「しかし気になるな。君はどうだ?」

看「何がですの?」

B「いや、さっき病室で見たメイスン大佐の息子さ。何だか酷く辛そうな顔をしていた。ありゃあ胸の傷のせいばかりじゃないな」

(場面転換のピアノの効果音)

『バーン、バーン』とライフル銃の発射音

メ「ブラック・ジャック! 出て来いッ」

B「メイスン大佐、どうしたんだ?ここはあんたの国じゃ無い。そんなものを振り回してもらっちゃ困る」

メ(激昂し)「うるさいっ! ジョージは…ジョージは」

B「何?ジョージ。あんたの息子さんがどうかしたのか?」

メ(涙声で)「し、死んだぁ、痙攣を起こしてな。明らかなアナフィラキシー症状だ。ショック死だ! 貴様のせいだ。貴様が息子を殺したんだ」

B「そんなバカな! 」

メ「この人殺しの偽医者め! 薄汚いジャップのモグリ医者め! 今度は貴様が死ぬ番だっ!! 」

『カキン、カチン』銃を撃てるようにセットする音

メ「儂の弾を食らえーっ!! 」

看「先生危ないッ! 」

『パーン』短銃発射音

メ「ぐおぉぅっ…」

B「君ッ! 」

看「後を追って来たんです。病院で必死にお止めしたんですけど、…こうするより、仕方ありませんでした」

メ「きっ、貴様ぁ…」

看「聞いて下さい大佐。ジョージさんは自殺なさったんです。御自分で御自分の身体に麻酔薬を注射して」

メ「なっ、何…だ…とぉ」

看「僕は何の為に助かったんだ。あんな所へ戻る位なら、死んだ方が良いってそうおっしゃって」

B「そうだったのか…」

看「大佐。このピストルはジョージさんからお預かりしたものです。あの方はおっしゃいました。メイスン家の名前を汚した息子は、天国で笑って地獄へ堕ちる親父を見てます、とね」

(OPテーマ曲のエレクトーン他のインストゥルメンタルが流れる)

看「先生、メイスン大佐は助かるでしょうか」

B「何とも言えないな。ただし、この大佐があと一千万円出すと言えば命だけは保証するがね」

ギ「アナフィラキシー」「過敏症」「体も心も傷付き易かった1人の少年の物語」

【-完-】 

感想・他…これは、新聞のラジオ欄でブラック・ジャックとあるのを見てもしやと思い聞いてみたらそうだったでござるの巻、で慌てて次から録音した様な覚えがある。それが第3話のこの「アナフィラキシー」である。少年チャンピオンコミックス1巻第4話に収録。ラジオドラマの第1話はやはりブラックジャック初登場の『医者はどこだ』だったと思う。←やはりラジオを聞いていた友達からそう聞いた様な気がする。---このアナフィラキシーには原作と違い主人公の少年?が直接登場しないが(と言うか出なくても成立してるよ、お〜)、おおむね原作通りのストーリーである。岸田森の声は聞き込むと癖になる。たまにイっちゃってる部分もあるけど、ブラック・ジャックのクールな感じにピッタリだ。ブラックジャックは色々な人が声を当てているが、大塚氏がこの岸田氏の声やイメージに最も近いブラックジャックかも知れない。

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