茨城県利根町にある柳田國男記念公苑に行って来たレポート
家の側には良い魚屋がない。ところが茨城県に行くと魚が安くて鮮度も段違い。なぜ?ということで月に一度は魚を買いに茨城に行くのですが、その通り道にあったのが、この記念公苑の看板。何度か通り過ぎては後ろ髪引かれる思いだったので、思い切って行ってきました。2017年11月中旬に探訪

柳田國男記念公苑の由来

 民族学者の柳田國男がまだ松岡姓だった少年の頃、明治二十年に生まれ故郷の兵庫県を後にして、布川に来て過ごしました。
小川家にはすでに兄の鼎が離れを借りて、医者として営業しており、そこに引き取られた形でした。
利根町が『第二の故郷』と言われるのはこのためです。
寄留(註:明治の法律で本籍地以外に90日以上住む時には届け出がいった)していたのは三年足らずでしたが、その間に見聞きしたことが、やがては民族学の開眼へとつながったと言われています。
 國男は自分の半生を顧みて、三回の乱読時代があったといいます。
一回目は故郷にいた頃で、大庄屋の三木家に預けられた時でした。
二回目は小川家の土蔵に貯えられていた、たくさんの本と接した時です。
三回目は内閣文庫に記録課長として出向した時です。
 小川家は代々学者の家系だったので、書籍の数がおびただしく、取り分け國男にとって特筆すべきなのは、赤松宗旦著の『利根川図志』との出会いでした。
この時に好奇心旺盛な國男が読んだこの本は、國男が後に校訂して復刻しています。
 さらに、徳満寺の地蔵堂に掲げられていた水子絵馬に恐怖し、また小川家の氏神の玉に神秘体験をしました。
 國男は天与の才に恵まれ、常民(註:庶民のこと。民俗学用語)の暮らしに独自の考察を与えて、民族学という新しい分野の学問を樹立し、昭和二十六年文化勲章を受章したのでした。
その業績を讃え、記念としてこの公苑は設置されたものです。
【利根町教育委員会】
だそうです。
《見学時間》午前九時〜午後四時半
《見学料》無料
《休み》毎週月曜日・国民の祝日・年末年始

見学を希望する人は、管理室(駐車場奥の建物)に申し出て下さい。
すっっごく親切な方でした。私の人生のベスト3に入る位。
ありがとうございました。
小川邸 

 この建物の右側の道の奥に駐車場と管理室はあります。

門の中に入り口(玄関)が写ってます。地元の名士の家だったようですね。

玄関を入ってすぐ左側にあるのがこの写真。13歳の國男と74歳の國男ですね。
(柳田國男 やなぎたくにお、1875年=明治8年7月〜1962年=昭和37年8月 87歳で没)






右の写真。松岡兄弟 左から鼎・國男・輝夫。前にいるのが静雄。

 玄関からの室内の様子



玄関の上がりかまち前から室内を撮ったところ。中も上がって見れます。写ってませんが右側の方には手前が近代的な台所とまた二部屋あり男女別トイレがありました。左側は廊下で突き当たりにトイレ(使用不可)だった、と思う。うろおぼえでスマソ。



ヤマモモについて

【柳田國男が愛した木】

 柳田國男は昭和二年八月、東京都北多摩郡砧村(現在の世田谷区成城)に移り、書斎を喜談書屋と名付け研究に専念されました。
当時の世田谷はまだ武蔵野の自然が残っており、御進講(註:天皇に講義)した時にヤマモモを話題にしたのが元で、御下賜された(註:御上がくれた)雌雄二本の苗木を自分の庭に植えて、大切に育てたのが大木になり、利根町の記念公苑が建てられた時に、柳田為正氏から寄贈されましたものです。

という看板がありました。

ほこら家の裏手に廻ると、祠と土蔵がありました。
祠の前に看板が。

【祠の由来と國男の神秘体験】

小川家の祠は明治14年から15年頃、当主の東作(とうさく)が祖母の屋敷の神様として祖母の長命にあやかろうと、お祀りしたのが日頃から祖母が愛玩していた玉で、これをご神体としたのでした。
 由来のことを知らずにいたいたずら盛りの國男少年が、家人の留守を見計らって祠の石の扉を開けてみると、予想外にもキレイな玉が入っていました。
それに驚いて、興奮し過ぎたのか気が遠くなりました。
晴れた空を見上げると(ひっくり返りそうになったのか?)、数十の星が見えたと言います。
その時、とつぜんピーーッとヒヨドリが鳴いて通りました。
とたんに身が引き締まって、気を取り直したのでした。
後年になって、あの時にヒヨドリが鳴かなかったら、狂っていたかも知れない、とその時の異常心理についてふり返り、そういう状態で長くいてはいけない、という暗示だったのかも、と述べています。
当時、間もなく両親が郷里から布川に出て来て、家の中が複雑化したのを機会に、上京して学問の道に進んだのです。
國男少年は繊細な感受性の持ち主だったわけで、民族学の樹立につながる資質の片鱗を垣間見るようなエピソードでした。

だそうです。わたしはちゃんとお賽銭を差し上げてきました。


祠の右手にこの土蔵がありました。この土蔵にイロイロと収納されてるっぽいですワクワク。入り口でスリッパに履き替えてレッツらゴー。

つづく

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