W.A 外伝1 ザックの章 覚醒(めざめ)
-それぞれの道-

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(その1)

エルミナはため息をついた。

自分がこの度フェンリルナイツの一員に選ばれた事、
それは全くの自分の実力の賜物であると自負していたし、
仲間もそれは認める所なのだ。
なのに、己が女である事、そして育った環境、つまりは
自分が高速剣の伝承者を身内に持つという事のハンデを今更ながらに
思い知らされるのであった。

もっとも、身内とはいえ、血の繋がりなどはない。
エルミナは幼い頃に両親と死に別れていた。
その頃のエルミナは父母に死なれたショックで泣いてばかりいたのだが、
そんな彼女を励まし引き取って育ててくれたのが、父の親友で高速剣の使い手であり、
現フェンリルナイツ騎士団長コルドバードの父であった。

彼女はコルドバードを実の兄の様にも思い、
小さい頃はどこにでも付いていった。といった訳で、
彼女が見よう見まねで剣をふるう様になるのも、
門前の小僧と一緒で何の不思議も無いのだが、
問題は彼女に剣の才能があったことなのだ。
普通の少女が服だのアクセサリーだのに夢中になる年頃が来ても、
彼女はまるで関心が無かった。
暇さえあれば剣の腕を磨くべく鍛練に勤しむ毎日なのだ。
これには流石のコルドバード達も慌てたのだが、
本人はどこ吹く風といった風情で一向に意に介する様子も無い。
それどころか、反って男の様に振る舞い始めたのだからたまらない。
周りの者も終いには口を出さなくなった。

そして、その腕前は普(あまね)く人々の知る所となり、
陛下の覚えめでたくこの度騎士に任ぜられ、
フェンリルナイツに堂々の入団と相成ったのだった。
しかし、フェンリルナイツとはいえ結局は騎士団の中の隊の長に過ぎない訳で、
彼女も部下を持つ身となってみれば剣技のみではなく、
人間関係のややこしさを経験しなければならなくなってくる。

それに、フェンリルナイツ達の仲は良くても部下の考えはまた別である。
自分達の隊長に手柄を立てて欲しいと願うのは、当然の心理である。
剣の腕前では男に引けを取らぬものの、荒くれ男共をどうあしらうか、
全く頭の痛い事だった。
それまでは、自分自身で女という事を特別に意識すまいと心掛けて来たのに、
男達の食い入るような視線には戸惑いを隠せず、
ともすれば嫌悪感さえ抱いてしまいかねないのだった。
それは当然、男のコルドバードに理解を求めるのも無駄の様にも思えたし、
結局は自分で解決しなければならないのだ。

「こら、そこのお前ら訓練をさぼるな。隊列に戻れ」
言葉遣いも荒々しくなめられないようにと気を張る彼女は、
実際男らしく振る舞う自分が最近気になり始めている。
部下達は馬鹿にした様なにやにや笑いを浮かべ、のろのろと命令に従う振りをしている。
陰では自分を嘲りどんな噂を立てているか、だいたいの想像は付く。

「よお、相変わらずだな。せっかくの別嬪が台無しだぜ。おっと、
そんなあんまりつんけんしてると目が吊り上がってくるぜ。こーんなふうに」
周りの男達がどっと笑い出した。

「無礼なッ!! またお前か! 」

エルミナは思いきりその男を睨み付けた。
その男とはエルミナと同期でフェンリルナイツに選ばれた男、
確かギャレットとか言う名だった。
たまに声を掛けてくるとこの調子だ。

「張り切ってんのはわかるよ。もうすぐ正式な任命式だ。
それが済みゃ俺達は晴れて堂々とフェンリルナイツを名乗れるんだからな」
またにやにや笑いだ。
笑う男はどうしても好きになれない。
と、エルミナは思った。

第一、このどこの馬の骨ともわからない男が、
(年下のくせに! )
男というだけでふんぞり返っている気がして我慢ならない。
腕前は遥かに自分の方が上である。ひとたび事有れば目覚ましい働き振りができるのに、
と思うと残念でならなかった。

いつだったか、騎士団長に聞いてみた事が有る。
『なぜ、あんな無法者が騎士に選ばれたのですか?
この間も酒場で大立ち回りを演じたと聞いています』
コルドバードはひどく面喰らった様子で、
『やつは私が推薦したんだ』
と言った。
今度はエルミナが驚く番だった。
『なぜ?』
それにたいして彼は
『私はそれがふさわしいと思ったからだ』
とだけ答えたのだった。

そして、それからの様な気がする。
兄の様に思ってきた彼との間に、急に壁が立ち塞がった様に感じ出したのは…。

と言った訳でエルミナは彼に対してあまり良い感情を抱いてはいなかった。
「無駄口を叩いていないで、さっさと市中の見回りにでも行ったらどうだ」
脇目も振らずに彼女は言った。

「はい、はい、そう致しましょう。
でも俺が見回るとさ、女の子達が
『キャー、ギャレットさまぁ。すてきい…』
なんて言って仕事になんねえんだよな」
男達がまたどっと笑って、卑猥な冗談などが飛び交い始めた。

「きょ、今日と言う今日は許さん!!」
エルミナは堪り兼ねて剣を抜き、ギャレットへと切っ先を向けた。
男達がざわついて、ギャレットがまだ、笑顔を見せたまま何かを言おうとした
その時!

「何事か?」
と激しく咎め立てる声がした。

(その2)
エルミナは城内で不用意に剣を抜いた罰として、
アークティカ城の北の峡谷の探査に狩り出された。
隣にはギャレットもいる。

「この馬鹿騒ぎは何事か!と聞いておるのだ!!」
その声の主はアークティカ王の弟でもある大臣だった。
一同を物凄い形相で睨み付けると、
「この痴れ者達め」と吐き捨てる様に言った。
さっ、とその場の雰囲気が変った。

「これはこれは、お大臣様。
いやなに、私めがこの姫君の使う高速剣の手ほどきを
受けていた所でございます。ほれ、この通り、えいやっ。と」
戯けた口振りのギャレットが危なっかしい手つきで剣を抜いた。

「ひいっ、危ないでは無いか!! このばか者が! 」
と驚いた大臣が思いの外機敏に飛び退く様が、余程面白かったのか、
わっ、と思わず男達が笑い出し、恥をかかされた大臣は
真っ青になってわなわなと震え、そして
「覚えておれ!」
と捨て台詞を残しそそくさと立ち去って行った。

それから、コルドバードの所に大臣が捩じ込んで行ったのだろう。
エルミナとギャレットは呼び出された。

「お前達、わかっているだろうな?
ここへ呼び出された訳を」
「はい」
これで、すべてがパアだ。
と、覚悟をして神妙に俯くエルミナ達に彼は
「お前達には罰として、北の峡谷へ向かってもらう」
と言ったのだった…

『最近、そこで妙な物が発見された。』
『妙な物?』
『私にも詳しい事はわからんが、どうやら何かの繭、の様な物らしい』
『繭、それが一体?』
『それについては何かの伝承があるらしい。
今は繭を調べている最中なのだ。私にも正直言ってよくわからん。
が、それがこのアークティカの繁栄に役立つ何か、であるのは確かなのだ』
『それで、俺達とどう繋がるんだい』
『つまり、その繭に関係する何か、がまだ北の峡谷に埋もれていはしないかと
調査団が派遣された。
しかし…誰も戻って来ない。報告が途絶えたままなのだ。
様子を見に行ってくれるな?
言うまでも無いが、事と次第によっては大変危険な任務になる事は、
覚悟してもらわねばならない』

「しっかし、おっさんもだらしねえよな。
あんな、へなちょこ大臣に言われた位で。へこへこと言う事を聞くなんて、
そう思わないか?」
とバカにしたように言うギャレットを
万年雪を踏み締めながらエルミナは"きっ"と睨みながら言い返した。
「何を言う、この処置だって軽すぎる位だと批判が出ているのを知らないのか?
元はと言えば…」
「よう、何をムキになってんだよ。せっかくの美人が台無しだぜ。
おっさんって言ったのがまずかったのか?
ふん、知ってるぜ。あんた団長の…」
「あんたには関係無いだろ!」
ぴしゃっと言い放つ。

エルミナは、つくづくこの男の無神経さ、身勝手さに嫌気がさしていた。
そして、それにも増してこんな事態を招いた自分の軽率さを悔やんだ。

「おい、まだ現場は遠いのか?」
と、うんざりした調子でギャレットが聞くのに
「いや、ここ近辺のはずです」
と、部下が答えた。
「それにしちゃ、誰も居ないじゃないか」
「だから、我々が派遣されたのだろうが」
とエルミナが言うと
「どうする、この先ふた手に別れるか?」
と聞いた。
「いいだろう」
エルミナは少しほっとして、一方の道を歩き出した。
「日没までに、ここへ戻ってくるんだぜ」
という声を後に聞きながら。

しばらく進むと、先の方から
「隊長、来て下さい! 」
と呼ぶ声がする。

そこには調査団のものらしい持ち物と、大量の血痕が残されていた。
「これは、一体?
もっとよく周りを探せ! 」

しかし、それ以上のものは発見されなかった。

何があったのだ?
こんなにたくさん血が流れているのに遺体が一つも無いなんて!
気味が悪かった。
その時、どこからともなく声がした。

「ほっほほほ、愚かな人間共、禁断の地にようこそ」

そして、空間を突き破る様にして突如怪物が現れた。
身の丈5mはあろう骸骨の様な顔の化け物だ。

「ばっ、化け物」
兵士の間に動揺が走った。
「怯むな! 」
エルミナは高速剣を繰り出した。
しかし、かろうじて相手を掠めただけにすぎなかった。
「速いっ! 」

「大丈夫か?」
異常を聞き付けてギャレット達が駆け付けた。
「引っ込んでいろ。お前達の腕では反って足手纏いだ」
戦いながらエルミナは言った。

(これは現実なのか?)

今はもう伝説と化した魔族の物語。
そんじょそこいらにいる、雑魚とは格が違う。
(生き残っていたって言うのか?
こんなに剣を振るっているのに、やつはびくともしない)
持てる技の全てを使っても、化け物に通じた様子はなかった。
「くそっ!」
打つ手が無い。
そして、段々疲れが見えてきた。
少しづつ押され始めている。
そして、一撃を避けようとしてバランスを崩したその時、
「うわっ!」
肩先を切り裂かれ鮮血が舞う。

(やられる! )

咄嗟に目をつぶったエルミナの耳に、凄まじい咆哮の衝撃が襲った。
何が起こったのか?

「それっ、!」
何かが飛んで割れた。炎が上がる。
「いいぞ、次々に投げろ。良く狙え」
どうやらギャレット達が燃える水の入った壷に火を付けて、
化け物に投げ付けているらしい。
化け物は一撃が目に直撃したらしく傷口を押さえ身悶えしている。
「ウェンディンゴ戻るのです! 」
と再び謎の声がし、怪物は霞と消えた。

「痛いか?」
とギャレットがエルミナの傷の具合を見ながら聞いた。
「余計な事を…」
本来礼を言うべきであるのに、エルミナはそう言えなかった。
「人間相手なら負けはしないのに…、あれは一体何だ?
きっと調査団は奴にやられたんだ。皆殺しにされたに違いない」
「落ち着くんだ」
「落ち付けだ?
お前は平気なのか?」
と、エルミナはギャレットに食って掛かった。
「平気じゃ無いさ、俺だって!
だが、今ここで騒いでいても仕方ないだろう?
動こうにも直に日も暮れる。それまでに色々準備しとかないと」
「わかった。悪かった無駄に騒いで…」
「とりあえず火を焚こう。
あの化け物は炎を怖がっている風だった。奴の弱点かも知れない。
一晩中火を絶やさなければ大丈夫だろう。
魔除けの魔法陣も気休め程度にはなるはずだ」
「ああ…」
ギャレットの意外な一面を垣間見た思いのするエルミナだった。

極寒の地アークティカ、それなりの装備はしているはずだが、
流石に夜は冷え冷えとする。
火の前で、長旅の疲れと戦いの緊張でエルミナはくたくただった。
…体がぞくぞくする。熱がある様だ。
だが、こんな所でそんな甘えた事を言ってはいられない。

「エルミナ、どうした。具合でも悪いのか? 」
そんな彼女の様子に気付いたのか、ギャレットが声を掛けて来た。
「大丈夫だ。大した事は無い」
「ならいいが」

部下の一人が声を掛けて来た。
「隊長、そんなとこに突っ立ってないで、どうです。
こっちへ来て、一杯景気付けにやりませんか?」
「お前ら…時と場所をわきまえろ。浮かれていられる場合か、これが! 」
と、エルミナは激しい剣幕で一喝した。
すると、すぐに口々に不満の声が上がった。というより、噴出したと言うべきか。
「なんでえ、こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって…」
「俺達下々の物は、口に出来ないとよ」
「お高く止まって、何様のつもりだか」
「たかが世間知らずの子娘のくせしやがってよ」

青くなって震えているのは熱のせいばかりではなかった。
エルミナは黙って火の側を離れた。
ショックと言えば、ショックだった。
世間知らず、そうかも知れない。
エルミナの世界は極端に狭い。
だが、それで今までは何の不自由も感じた事は無かった。
剣技一筋が裏目に出た様だ。

討ちひしがれるエルミナの背後からギャレットはそっと声を掛けた。
「エルミナ…」
「何だ、お前か」
相変わらず振り向きもせずエルミナは答えた。
「やっぱり熱があるんじゃないのか?
傷のせいだな」
そっと額に当てられたギャレットの手を邪険に振り解くと
エルミナはとげとげしく言った。
「用はそれだけか? ならもう放っといてくれ…
何だ、それともあいつらと同じ様にあたしを笑いに来たのか?」
「そうじゃない。頼まれてんだよ、おっさんに」
「コルドバードに?」
「あんたをよろしく頼むってさ」
「余計な事を…」

「なあ、あんたさあ、何ツッパってんだよ?」
「突っ張る?」
「じゃなきゃ、意地を張るっていうかさ、何か見てて辛くなっちまうんだよなあ、
こっちの方が。確かに騎士団で唯一の女だし人に注目もされる。
でも、一人で何でもやれると思ったらおおまちがいだぜ」
「そんな風に見えるのか、あたしは…。
じゃあ、どうすればいい?
どうすればいいんだ!
みんなあたしが女だからって馬鹿にするだけで言う事を聞かないじゃないか?」

「本当にそうなのか?」
「えっ! 」
「だから、やつらはあんたが女だから馬鹿にしているんだと思うのかい?」
「違うのか?」
「まあ、相手がふるいつきたくもなる様な別嬪さんじゃ、
ちょっかい出してみたくなるのも無理はねえ、か」
「むっ! こっちは真剣なんだぞ! 」

(本人に自覚がないのも考えもんだな。
おっさんの苦労が身に染みてわかるぜ)

「とにかく人に信用して欲しかったら、本当の自分を見せる事だ。
構えた相手に手の内を曝す馬鹿はいねえよ。
それから、もう休んだ方がいい、明日は強行軍になるはずだからな」
言うだけ言うとギャレットは静かに立ち去った。



(その3)
まんじりともせず夜は更けて行き、夜間も何事も起こらず
翌朝、夜明けとともに一行はアークティカへと出発した。

道々エルミナはギャレットが時折、自分の様子を伺っているのに気付いた。
(心配性な奴…)密かに苦笑した。
今朝になって幸い熱はだいぶ引いて、
微熱程度で大した事もないように思われた。

エルミナは何を思ったか、振り向きギャレットに話し掛けた。
「やつは来ると思うか?」
「ああ、だが来るとしたら、多分俺達に疲れの出る日暮れ時だろう」
「たぶんな、あたしもそうは思う。
でも、それまでやつら手を拱いて見ていると思うか」
「いいや、思わねえ」
と言いギャレットと、そしてエルミナも剣を抜いた。

それが合図であったかの様に化け物達が現れた。
近頃見かけるようになった雑魚ばかりではあった。
今度は難なく倒す事ができた。が、きっとこうして少しづつ消耗させられて行くのだろう。
はたして小出しに襲われ続け、休息もままならなかった。

「交代で休みを取るとするか」
とギャレットが提案した。
「そうだな」
と考えながらエルミナが答え
「ここは俺達が見張りに立つから、休んでてくれ」
とギャレットが言った。
「何でだ、あたしだって」
気色ばんで抗議しようとすると
「あんたらの方が戦力が大きい。いざというときのために
ここはそうしてくれ」
とギャレットはこともなげに言った。
そこへ、
「ひゅーひゅーオアツイ事で」
と一人の男が2人をひやかした。すると他の男達も
「全く、俺達も介抱して差し上げたいぜ。お姫様」
と言った。

「お前ら…いいかげん」
とギャレットが軽くいなそうとした時だった。

「止しなっ! そんなに相手がしたけりゃ全員まとめて面倒見ようじゃないか!
手加減しないからね。なめんなよ。
このあたしを誰だと思ってるんだ。
あんたらごときが束になってかかったって、かなう相手かよ!
人の事を口説こうなんざ、100年早えんだよっ!! 」
とエルミナが啖呵を切った。

一瞬の沈黙の後、歓声があがった。
「しびれるぜ」
「かっちょいいー」
「見直したぜ」等など。
エルミナはあっけに取られた。
「どうやら、少しはわかってもらえたみたいだな」
とギャレットが言った。
「阿呆らしい!」
とそそくさとエルミナはその場を離れた。

「何をやってるんだ?」
何度目かの休息の時、一人で離れて剣を振るう
エルミナの側へやって来てギャレットは聞いた。
「新しい高速剣の技を編み出そうとしていた所だ」
「いきなり出来る物でもないだろう?」
「まあな、だがやってみる価値はある。
成功すればより高い威力が期待できる。当てはあるんだ。
以前コルドバードが、あたしには無理だと言った技…」
「ちょっと、聞いても、いいか?
ま、無理にとは言わねえけど…」
「何だ?」
「その…あんた、おっさん、いや、団長の…」
「ハッキリ言ったらどうだ? もう慣れてるから」
「じゃあ、やっぱり愛人ってのは本当なのか?」
「なっ!?、馬鹿な! 誰が愛人だ、誰が!」
「何だ、じゃ違うのか?」
「当たり前だ! 一体何処からそんな話がでっちあげられたんだ」
「だって、みんな言ってるぜ」
「なんて事を…、 あたしは、あの人の事は兄の様に思っているだけだ。
向こうもそうだ! 」
「そうか、へへっ、なんだそうなのか…」
「?」
「いや、技もいいが、先は長いんだ。少しでも休んでおいた方がいい」
口笛を吹きながらギャレットは去って行った。
(へたくそめ)
と、エルミナは内心思った。

…とうとう、恐れていた日没が近付いてきた。
「そろそろ来る頃か…」
みんなの間にも否応無く緊張が走っている。

「何だ! 」
前方から光り輝く球形の物体が飛んで来る。
それは、見る間に白い異形の影となった。

「ごきげんようみなさん。私の余興、十分楽しんで頂けましたかな?」

「その声は…」
エルミナは最初の襲撃を思い出して言った。
「左様、覚えていてくださるとはうれしいですな」
「調査団のみんなを何処へやった。お前がどうにかしたのだろう」
「ああ、あの虫けら、いや失礼あなた方のお仲間でしたね。
無論、もうこの世の中には存在しておりません。
あなた方も、直にその後を追う事になるでしょう」

「おい、おい、おいっ! お前!
さっきからわかんねー事ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねー!
てめーいってえ何もんだ。あー! 」
形相を変えたギャレットが口を挟んだ。

「むっ、下品な! 下品で下劣、おまけに無知で野蛮。
あなたは私の最も憎むべき種類の存在ですよ」
「てめーに、好かれたかねえや」
「死んで後悔なさい!
愚かな人間共は、いつも自分で墓穴を掘る。
もっとも、今回掘り出されたのは私でしたが…」

「何だって! じゃあ、調査団は魔族を掘り当てたって言うのかい?」
エルミナは驚き叫んだ。
「掘り出して頂いてありがとう、とお礼を言うべき
なのでしょうね。しかし、残念ながらそろそろお暇しませんと、
なにしろ仲間を掘り出さねばならないのでね。これから世界各地を
回って来なければ。では、ごきげんようみなさん。さようなら」
と言い白い影は消えた。

「ちっ、なんて嫌味なやろーだ」
顔をしかめてギャレットが言った。

「来るぞ!! 」
と、エルミナがみんなに注意を促した。

化け物は高く跳躍し彼等の後ろを取った。
「しまったっ! 」
一呼吸の遅れが命取りだ。
体制を立て直す間もなく、怪物が襲って来る。
「やあああっ! 」
一か八か例の技を試してみる。

ひゅうっ、凄まじい速度で剣が宙を舞う。
突風が立ち、雪を巻き上げた。

「やったか?」
ギャレットが目を細めて確認した。

「いや、だめだ」
見もせずにエルミナが答えた。
その通り、怪物は立ち塞がったまま。
倒したのは巻き添えを食らった形の雑魚共ばかりであった。
「付け焼き刃では無理だったか…」
唇を噛み締めエルミナは絶句した。
(かなわない…)
圧倒的な力の差を見せつけられ、エルミナの自信は脆くも崩れ去って行った。

「だめだ…勝てっこない」
「あきらめるな! 」
「だが、どうする?」
と、エルミナが聞いた。
「どうするって、逃げられると思うか?
ここは奴を倒すしかないだろう」
「無理だっ! ここは逃げて援軍を呼ぼう」
「呼べる状態かよ! これが」
「しかし…」
「来るぜ!! 俺達が守りを固める。そっちが攻撃してくれ」
「わかった」

エルミナはともすれば絶望してしまいそうな己を励まし、
敵へと立ち向かって行った。
「みんな、援護を頼む。あたしはあいつの傷付いて視界の悪い方から回り込む。
できるだけやつの気を反らしてくれ」
「おう、わかったぜ隊長さん」
「しっかりやんなよ」
「みんな…」
エルミナは不思議と身内から力が湧くのを感じた。

しかし、戦いは熾烈を極めた。
怪物の数も大分減ったがこちらも無傷の者はいない。
そして、化け物も心無しか、前に剣を交えた時よりも強くなっている気がする。
(このままではやられる。ああ、体が重い。傷も痛み始めた。
まるで、蟷螂の斧だな。いつまでもつか…)
疲れと、そして完膚なきまでに打ちのめされた剣技への自信が、
一層彼女の動きを鈍くしていた。
何度も、何度も彼女は技を繰り出したが、
不完全なそれはほとんど相手に対して無力に等しかった。
(だめだ、やっぱりあたしには無理だったのか)

コルドバードははっきりと言った。
『この技は他の技とは違う。気力、心の問題なんだ。お前にはまだ難しすぎる』
その言葉の意味すらつかめぬまま、否定された事実だけが胸に迫る。
そして彼女の中の一筋の突っかい棒が折れた。
相手に気押される。
すると、鋭くそれを察知したかの様に、
化け物ははっきりと目標を彼女に定めたようだった。
化け物の目を見た時、エルミナは己の死を悟った。
(やられるのか?あたしは。こんな所で死ぬなんて…)

一気に間合いが詰められる。
「うりゃあっ!」
誰かが攻撃を受け止めてくれた。
しかし、その衝撃は凄まじくものすごい勢いで弾き飛ばされた。
「!?」
それは彼女の部下だった。エルミナは信じられなかった。
「なぜ?」
「あんた、俺達の隊長だろう。当然の事だ」
「そうとも、あんたには踏ん張ってあいつに一泡吹かせてもらわないと、
死んだ奴等がうかばれねえ」
「たのんだぜ。そのためならこれしきの事」
「そう、これ位の傷、屁でもねえや」

「みんな・・・」
心が痛かった。
できる事ならそうしたい。みんなの気持ちに応えたい。でも、…
「ぐわっ」、
「ぎゃー」、
自分をかばって次々と仲間がやられていくのを、ただ見ているしか出来ないのだ。
エルミナは足が竦み、一歩も動けなくなった。
根が生えてしまったかのようだ。

「馬鹿やろう。何突っ立ってンだ!
あいつらが懸命に戦ってんだぞ。
隊長であるお前がしっかりしなくてどうするんだ」
ギャレットの激が飛ぶ。
「無理だ。みんな遅かれ早かれやられるんだ。無駄な足掻きなんだ」
「怖じ気付いたのか?職場放棄か?冗談じゃねえぞ」
「だって、勝てっこない!!
あたしの高速剣なんて、所詮あんな化け物相手じゃ歯が立たないんだ! 」
彼女は震えていた。
人間相手であったなら、いや何物にも負けない自信はあったのだ。しかし…

「わかった。もういい、俺が代わる」
「えっ!」
「そこにじっとしていろ。いいか、動くんじゃ無いぞ」
言うが早いかギャレットは飛び出して行った。
エルミナは急速に力が萎えて行くのを感じた。
呆然と皆が戦うのを見ているだけだった。
『あたしは逃げ出すのか? 不様にここでこうして、
みんなに守られて震えて見ているだけなのか?
なんのため? あたしは、何の為に騎士になりたかったんだろう?
これからも勝てる相手としか戦わないのか?
それでいいの? いいえ、よくはないわ!
今逃げたらあたしはあたしでなくなる。
例えここで死んだとしても、このままではコルドバードに
顔向けが出来ない! 』

エルミナは戦列に復帰した。
「エルミナ!」
「どいて、あんたは守りのはずでしょ、これはあたしの役目だ!! 」
(心臓が張り裂けそう。本当は怖い。
でも、死ぬ瞬間まではあたしらしく、斬って斬って斬りまくってやる!
多分、こいつを生かしておけばアークティカが大変な事になる。
さっきの魔族の口振りも気になる)

しかし、やはり死力の限りを尽くしても
相手にはさ程ダメージを与えているとは言えなかった。
どう攻撃しようかと考えた時、わずかに隙が生じた。

「あぶねえっ!」
突き飛ばされた彼女の脇を吹っ飛んで後方の地面に
ギャレットが叩き付けられた。
「ギャレット! 」
エルミナは駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「うっ…痛え」
彼を助け起こしたエルミナは手にぬめりを感じた。
血だ。
「へへっ、初めて呼んでくれたな俺の名前」
「馬鹿ッ! あたしなんか庇うから…こんな…」
「頼まれたからじゃ無いぜ。おっさんに言われなくても、俺はお前を…
俺達仲間だろう。それに…
これは俺の役目だ」
「もう、いい。いいから黙って見ていてくれ。
倒してみせる。このあたしが絶対に!」
エルミナは決然と立ち上がった。
そして、一気に敵に向かって疾走した。

(死なせない。死なせるもんか。
もう、あたしを守るせいで誰かが傷付くのを見たくない。
あたしが守る。あたしはもう負けない、絶対に。
人間で勝てないんなら、あたしは獣になる!
獣になってやるっ! )
「うおおぉぉぉ!」
《 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 》

エルミナは自分がどんな一撃を放ったのか良く覚えていない。
その瞬間、剣がまるで生き物の様に跳梁し、
化け物の体に深々と食い込み、
それは獣が牙を剥き、
荒々しく肉や血や骨をはむ様に似ていた。
未だかつて無い程の衝撃に、耐えきれずにがっくりと膝を付く、

『だめか?…』
もう余力はない。
しかし、化け物の咆哮は次第に細くなり、やがて絶えた。
彼女はしばらく立てなかった。
全力を出し切って抜け殻状態だった。
だが、

「ギャレットは! 」
彼女は急に駆け出した。
ぐったりと動かない姿を目にするやすぐさま抱え起こし、
必死にギャレットを呼び覚まそうとした。
「ギャレット、ギャレット、死ぬな!
頼む、もう一度笑ってくれ。お願い、もう一度」

「お安い御用さ」
その途端ぱっちりと目が開いて、そこにはにやにやと面白そうな顔をして
自分を見ているギャレットがいた。
エルミナはあっけに取られ、次の瞬間思いっきり手を離した。
ごつっ、と後頭部を打つ鈍い音がした。
「いてえっ! けが人に何すんだよ。馬鹿」
と、思わずギャレットは叫んだ。

「馬鹿とは何だ!! 心配したんだぞ、それをそれを…」
エルミナの両目から雫が落ちた。
「おいおい、せっかくの…」
「どうせみっともないよっ! 血まみれで、傷だらけで、
あたしなんか、ちっとも女らしくなくって…」
「素敵だぜ」
「えっ!」
「その、・・・赤い髪がさ、俺はその燃える様な赤い髪が好きなんだ。
情熱的で、勝ち気で、誰も寄せつけない所が・・・」
「お前、・・・変わってるな」

先ほどの声(魔族アルハザード)---
「いやはや、なるほど、先程のは、彼女の想念だったのですね。
すさまじく魔族にも劣らない負の感情…、素晴しい。
私はあの方にとても興味が湧きましたよ。クカカカカカカカッ…」

エンディングは救援隊の馬車の中にて、
---ギャレットとエルミナの会話---
「エルミナ、なあいいか俺は (ぜったいだぜ)
ぜったい、誰よりも強くなれると思うんだ。 才能ってやつかな。
溢れ出る才能。これが、自分でもわかるんだな」
「はいはい、」
「あっ、信じてないな。 じゃあ、今度特別に聞かせてやるよ。
俺はギターもうまいんだぜ」
「ああ、いつかな」
「これがまた、もう本当に…」
「ストップ! もういいかげんに、ケガ人は黙って寝てろ! 」

 ザックの章 -終り-
あとがき・・・このつづきの小説ザック(ギャレット)とエルミナのほのぼのラブストーリー?を書いてる最中です。いつ終わるか?未完が大杉だぁ


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